Prologue
Written by ジル
はあ・・・・・
吐いた途端、慌てて口元を押さえるが、時すでに遅し。今日は一体、何回目だろう?
溜息を吐くと幸せが逃げていくって言うけれど、公共料金各種の今月の請求書と、仕事をすれど依頼料は、食費や撩の飲み屋のツケの清算に速攻消えて、一向に貯まらない預金通帳とを見比べていれば、自然と溜息も出るってもんよ。
相変わらず今月も、そーとー苦しい我が家。
愛用の手帳をパラリと捲ると、3月のカレンダーの中、目に付くように赤い丸が2つ。
26日と31日。
撩の誕生日と兄貴の命日。
兄貴の命日は、あたしの誕生日でもあるのだけれど。
その日は、撩とふたりでお墓参りをするのが、暗黙の了解になっていた。
でも念の為、
『31日は予定入れないでよね』
と、今朝、ボサボサ頭のうっすら髭面で、のそりと起き出してきた男の背中に、声を掛けはしたものの・・・。
午前様のご帰宅で、しかも酔い潰れてベッドに辿りつくこと無く、玄関で撃沈し、爆睡していた男に、果たしてどこまで通じたのかは定かではない。
・・・・・・まぁ、毎年の事だし、撩が兄貴の命日を忘れる筈は無いだろうけど。
そして、26日はあたしが勝手に決めた撩の誕生日。
“生きて誕生日を一緒に過ごして欲しい”
というのが、あたしと撩のお互いの願いだけど、やっぱり何かプレゼントがあったほうがいいじゃない?
でもアイツって、性欲はアリアリだけど、物欲ってあるのかしら・・・・。
“プレゼント何が欲しい?”
って直球で聞くのが一番、手っ取り早い方法だけど、それが手の届かない凄〜〜く、高いものだったら、買ってあげられないし・・・。それにこの前、何気な〜く
『何か必要な物ない?』
って遠まわしに聞いてはみたけど、テレビのお天気お姉さんに夢中で、曖昧な返事しかして貰えなかったし。
兎にも角にも、先立つものが無いってのが、一番の悩みなんだけどね。
『それならウチでバイトしない?』
それは、先日、電話での絵梨子の一言。
『今年の夏コレのショーに出てみない?実は、今週末なのよね。香だったら即戦力になるし、私としては是非お願いしたいわ。バイト料弾むわよ』
提示された額は、確かにリッチなプレゼントが買えそうな金額で。
でも何時、突然に依頼が入るかも分からないから、って事で断ったんだけど・・・・早まったかしら?
はあ・・・・・
あ、また。
気分を変えようと、椅子から立ち上がり、ベランダへ向かう。
両手でシャラリと白いカーテンを引き、窓を開けると、フワリと心地良い風が舞い込んだ。
陽の光を存分に含んだ風が、サラサラと優しく髪を撫で過ぎていく感覚を暫し楽しむ。
温暖化の影響か、ここ数年暖冬が続き、今年は何年ぶりかに氷点下を記録した冬だったが、3月に入れば、やはり、ここかしこに春の気配を感じ、自然と口端がキュッと上がる。
『お、前方にモッコリちゃん、発見♪ そこのお嬢さ〜ん♪ボクとお茶して、モッコリしよ〜よぉ♪』
『け、結構ですっっつ!』
聞き覚えある声に、ベランダから真下の歩道に目を移す。
『そんなこと言わないでさぁ、いいラブホテル知ってるんだ、コレが。す〜ぐ、そこだし♪』
『しつこいわねえ!!!放してよっっ!!』
・・・・・・・・ピクッ、ピクピクッッ
『やだっ!付き合ってくれるまで撩ちゃん。絶っ対、放さないも〜〜ん』
『きゃあああ〜〜〜!!!』
・・・あっっ、あの万年能天気常春男が!
あたしの視線に気付いている筈なのに、そんな見え透いたナンパするか?普通。
ヤキモチ焼けと言わんばかりに・・・・・・・ふんっ、コレでも食らえっ。
『・・・・ん?』
ヒュウゥゥーーン・・・・ンン・・・・ン・・・。
『・・・・へ?・・・・・・あ・・・待てっ・・・・げげっ!!』
バコオオオオ〜〜〜〜〜〜〜〜ンンンン!!!!
『%&#*‘@〜〜〜〜!!!!!!!』
無意識に手の平に召還した携帯ハンマーを男めがけて落とすと、それは重力に素っ直〜に沿って、見事、男の後頭部にヒットした。
道路に大きなひび割れを作り、身体をピクつかせて潰れる男に、ベ〜〜〜と舌を出す。
なんでこんなヤツに本気で惚れてしまってるのか、未だに理解出来ないわ、ホント。
・・・あ、頭痛くなってきた・・・・。
でもまあ、撩の女好きは今に始まったわけじゃないし、あたしと・・・その・・・そういう関係になってからは、本気で女の子を口説くことも無くなったと思う(・・・と言うか思いたい)。
ただ、今より・・・・あともう少しだけ、あたしの事、気に掛けてくれてもイイんじゃない?
撩の誕生日まであと少し。
ここはプレゼントを用意して、盛大に祝って、アイツの心をガッチリ掴んでおこうかな。
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