daisy





 

クリスマスが終わって、世の中がいきなり洋風から和風に衣替えするこの時期は、

日本人だなぁとつくづく実感してしまう。

こういう切り替えの早さに子供の頃から慣れてしまうと、何とも思わないのだけど、

ミックに言わせると、「日本人には神がいないのか?」となるらしい。

でもね、そういうのは「臨機応変」って言って欲しいわよ。

それで日本人は自分が楽しい気分で過ごせることを喜んだり、

「ちゃんと行事をこなしている自分」に満足したりするものなの、って説明したけど、

不思議そうな顔をしていた。

日本は八百万(やおよろず)の神さまがいるんだから、何を信仰したって

いいはずなんだけど、そういうあたしは無宗教。はは・・・

 

そんな宗教論より、街のイルミネーションが徐々にしめ飾りに変わる頃、

あたしの頭の中は、大掃除の段取りとか、ツケの支払いをどうやりくりするか、とか、

電気代の支払いをしなきゃ、とか、クリーニングの引き取りを忘れないように、とか、

もう、どうでもいいことが(いや、大事なこともあるけど)ぐるぐる廻って、

ただでさえ忙しい毎日に拍車がかかってしまう。

ただでさえって言うのは、もちろん仕事で忙しいのよ。

 

・・・・・・って大きな声で言えれば苦労はしない。

駅前でのチラシの手配りに出るのはまだいいとして、

夜な夜な二丁目界隈でウロついているヤツの

首根っこ捕まえて連れ戻すのに忙しいって、どうかと思うのよ。

毎日毎日クリスマス会だの忘年会だのって、お金もないのによく行くわよね。

誘われたらホイホイと何処へでも顔を出すのよ、アイツは。

可愛いホステスが声かけたなら、間違いなくひとつ返事してるわよね。

でもね、今日という今日は・・・・・・。

 

ツカツカと大股で歩いていたままの勢いでキャッツに入った香は、

美樹に「眉間に皺が寄っている」と笑われてしまった。

 

「ガーン・・・・・。そんなに皺寄ってた?」

「そうね。かなり目つきも悪くなっていたわよ」

「げっ・・・・・・。マズいわよね。そんな顔していて、皺が本当の皺になっちゃったら、

一気に歳をとっちゃいそう」

「それもこれも・・・・・・、ねぇ」

 

美樹が隣の大男をチラリと見やる。

 

「フン! あいつの酒好き、女好き、金払いの悪さは死んでもなおらん」

「うっ・・・・・・。最後のが一番効いたわ」

 

まあまあ、と美樹さんが慰めてくれたけど、当たっているだけに哀しい・・・。

ここのツケだって、払い終わらないまま、歳を越しそうなんだもの。どうしよう・・・・・・。

 

ハァ〜〜〜・・・・・・

 

「香さん」

「なあに?」

「溜め息をつくと、それだけ幸せが逃げちゃうって話、知ってる?」

「え?何それ、知らないわ」

「この間いらしたお客様がおっしゃっていたわ。溜め息ついたり、愚痴を零したりしちゃうと、

それが本当になってしまうから、しちゃいけないの」

「ええっ?本当に?」

「そう。だから、いつも楽しそうにしたり、笑っていると、それも本当になるって話よ」

「え〜〜?じゃぁ、普段のあたしって、どんどん幸せ逃してるってことじゃない」

「ハハハ、そうなるな」

「もう、海坊主さんったら・・・」

 

思わず、ハァッ・・、と溜め息をつきそうになって、寸でのところで留まった。

そう。これがいけないのよね。

 

「それからね、金運が上がる方法」

「ええっ?!金運アップ?」

「そうよ。これもね、風水に詳しいお客様が教えてくださったの。聞きたい?」

「聞きたい、聞きたいわ」

 

我ながら、目を爛々とさせていたのではないかと思うほど、

美樹さんの話に食いついてしまった。

 

「難しいことは覚えられないから、すぐにできることだけ教えてもらったのよ。

えっとね、家の中の西の方角に黄色い物を置くといいんですって」

「黄色いもの?」

「そう、たとえばソファとか絵とか何でもいいのよ」

「黄色いものね・・・・・。うちにあったかなぁ」

 

撩はあまりインテリアに凝る方じゃないから、絵なんて高尚な物はなかったかもしれない。

そして、うちの場合、西ってどっちだったっけ・・・。

 

「もっと簡単なのは、家の中に花を飾ることらしいわ」

「花? それだけ?」

「そう、玄関とか、キッチンとか、リビングに花を飾るの。これは金運もアップするらしいけど、

幸せのラッキーアイテムみたいよ」

 

そう言って指差した先を見ると、いつのまにかキャッツの店内にもあちこちに

小さな花が飾られている。この間まではあまりなかった光景だ。

丸い小さな陶製の花器に、名前は知らないけど、黄色い可愛い花。

 

「黄色い物が店にはあまりなかったから、花を黄色にしてみたの」

「美樹さんたちも、風水を実践してるのね」

「う〜ん、まぁ、信じているか、といえば微妙だけど、やってみると可愛いし、そんなに手間もかからないから」

「それもそうね」

「それに、やっぱり花っていいわね。見ているだけで安らぐわ」

 

確かに。


冬の柔らかい日差しをうけて、窓辺で可愛い花が咲いているのを見たら、

誰もが口元が綻ぶだろう。

香は、カウンターの隅にも活けてある、黄色い花弁を指先でつついた。

 

「気の持ちようって、大切だと思うわ」

「そ・・・・・・かな・・・」

 

気の持ちようだけで金運が向いてくるとは、にわかには信じられないが、

今の経済状態では神様仏様だけじゃなく、藁にも、風水様にも縋り付きたい気持ちになった。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

腕の時計が午前2時を廻る。

いつもなら、このあたりで鬼の形相をした香が怒鳴り込んでくる頃だ。

 

「撩ちゃ〜ん、な〜にシケた顔してんのよぉ〜〜」

 

ママがぴちぴちの女の子を両手に抱えて連れてきてくれたが、

今夜は全然食指が動かん。

オレとしたことが、酒にも酔わないし、こんなことは珍しい。

 

「リョウ。飲んでるかぁ? あ、お前、全然飲んでないだろ〜。ほら、飲め飲め」

「あ、バカ! 何混ぜてんだよっ」

「ミックスペシャル〜ッ ヘヘヘ。ほ〜ら、一気、一気!」

「やめろ、この酔っ払い!」

 

周りの女たちも、それっとばかりに囃し立て、

喧騒に耳を塞ぎたい気持ちになる。

オレだって、ここに居たくているワケじゃない。

 

「・・・・・・ったく・・・。何でオレが毎晩毎晩お前に付き合わねぇといけねぇんだよ」

「何だぁ?リョウ。約束忘れたなんて言わせないよ」

「だ〜か〜ら! 酔ったうえでの口約束なんてもんはなぁ、最初っからないのと同じだっつーの!」

「あら〜。私はちゃんと聞いたわよ。負けたら12月は毎晩付き合うって豪語してたもの」

「あの賭けだって、あれは、イカサマだろうが」

「失礼ねぇ。言いがかりよん」

 

けっ・・・どうだか。

妙なシナを作ってみせるところが、怪しいんだって。

あれは、オレ以外の全員がグルだったのに決まってる。

 

「オトコに二言はないって言ったろ。それとも何か?リョウはオトコじゃないって?」

「・・・・・・勝手にほざけ」

「ほ〜ら、飲め飲め」

「・・・・・・しょーがねぇなぁ」

 

そしてまた空いたグラスに、なみなみと琥珀色の液体が注がれる。

 

こっちは毎晩、香の不機嫌な顔と、だんだん重くなるハンマーが嫌んなってきてるってのに。

ミックの野郎、かずえちゃんが里帰りしているからってオレまで巻き込みやがって・・・・・・。

他に誘うヤツはいないのか? 

つか、かずえちゃんの尻にしっかり敷かれてんのか。はは。

 

自分も同類であることは棚に上げ、目の前のグラスを空けた。

 

それにしても、香のヤツ、遅いな。

何だか妙な胸騒ぎがしたが、ようやく廻り始めた酔いに、そんなこともいつしか忘れてしまった。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

で、ミックの部屋に転がり込んでそのまま寝ちまったオレが、

とっくに太陽が頭の上まできている時間に帰って目にしたもの。

 

 

 

黄色、黄色、まっ黄っ黄の部屋。

 

 

 

・・・・・・なんじゃ、こりゃ。

 

 

 

二日酔いの頭がおかしいのかと、ブン、ブン、と振ってみたが、

歪んでみえるだけで色は変わらない。

 

昨日までリモコンやら雑誌やらが置いてあったガラステーブルには

眩いばかりのレモンイエローのクロスが掛けられている。

そしてソファも、クッションも、スリッパも、カーテンまでもがまっ黄色。

 

ふらふらとリビングを出て、顔を洗いに洗面所へ行ったら、

タオル、石鹸、歯ブラシの果てまでレモン色。

こんなん、ありか?

 

 

 

・・・・・・香!

 

そうだ、香はどこへ行った?

 

 

キッチンへ行ってみたが、ここには香の姿はない。

言うまでもないが、テーブルクロスはリビングと気持ち悪いくらいのお揃いになっている。

さすがに家電までは黄色に変わっていなかったが、

ふと、視界の隅に黄色いものが揺れているのが映った。

 

花?

 

何でここに、花が?と一瞬考えたが、

味気ないステンレスのキッチンの片隅にあったそれは、

何かの空き瓶に一輪だけ突っ込まれているだけなのに、

妙に目が離せない。

 

しばらくの間、呆然と揺れる小花を見ていたが、

そういう場合じゃなかったことに、はっと気付く。

 

 

そ、そうだ。

香だよ、香。

何処にいるんだ?

 

 

物音ひとつしない家の中をぐるりと廻り、

その姿を見つけたのは、オレの部屋の中だった。

掃除機もそのままで、床に膝をついたまま、ベッドに頭を寄りかからせている。

足音をたてないように近づくと、静かな寝息が聞こえた。

 

 

疲れて寝ちまった、か。

 

 

揺らさないように気をつけながら、ベッドにそっと腰掛けた。

ここも言うまでもないが、黄色いベッドカバーだ。

出窓にも、しっかり黄色い花がコップに入って置いてある。

何でこんなことをやったのか知らないが、

こいつの気持ちよさそうな顔・・・・・・。

笑いながら寝てやがる。

その顔にかかっている髪をそっと摘んだら、香がモゾっと動いてしまった。

 

 

「・・・んっ・・・。 あれ? 撩?」

「ああ」

「お帰り〜。気持ちよくって、寝ちゃったみたい。ごめんね」

 

 

てっきり、朝帰りだって怒るだろうと思って身構えたのに、

えへ、と笑った香は、猫みたいに顔をごしごしと擦った。

でも、顔には布の皺模様がしっかり痕を残している。

 

 

「よだれ、ついてっぞ」

「えぇ?! 嘘っ?」

 

 

顔を赤くしてあわあわとしているところが、なんともガキくさい。

 

 

「ば〜か」

「あー! 騙したわねっ!」

「まぁ、いいから。こっち来いって」

 

 

振り上げられた腕を掴んで、ひょい、とベッドの上に引き上げた。

そのまま二人で並んで仰向けに寝転がる。

 

 

 

「いい天気だ」

 

 

 

冬にしては眩しすぎる日差しが、ブラインドの影を部屋に落としている。

天井にはベッドカバーの黄色がところどころ反射して、

まるで、黄色い波に揺られている舟に乗っている錯覚を起こす。

心地良い揺れに身を任せるのも、たまにはいいだろう。

でも・・・・・・。

 

 

 

「これ、どうしたんだ?」

 

 

 

んー? と、半ば眠りに引き込まれていたのか、

香が、絵梨子がタダでくれたから、とか、何とかごにょごにょ呟いた。

キンがどうとか言ってるが、金色のことか?

呂律の廻らない子供みたいだ。

なるほど。どうせ、ショーか何かで使った残りなんだろう。

 

 

「いや、それはいい。

つか、何で、黄色?」

 

 

また眠りの中に入りそうになっていた香が、目を瞑ったまま答えた。

 

 

「・・・・・・なんかね」

「ん?」

「しあわせになるらしい、よ」

 

 

 

ふ〜ん

 

 

 

「しあわせ・・・、ねぇ」

 

 

 

まぁた、どこかで何やら吹き込まれたらしいが、

香のヤツ、限度ってものを知らないらしい。

やりすぎたら効果ねぇんじゃねぇのか?

 

・・・・・・なんていう突っ込みは後にしよう。

オレもだんだん眠くなってきやがった。

 

 

 

 

そして、抱き枕を胸に、しあわせの黄色い海に

沈んでいった。

 

 

 

 

End

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

   <あとがき>

   この黄色い花は「ユリオプスデイジー」という花です。可愛いですね。

   タイトルもそこから頂きました。ところで私、金運アップのために財布を変えたほうがいいって

   言われたんですよ。お札を曲げないような大きなものに。

   お札も窮屈な思いをしてしまうと、そこから逃げたくなってしまうんですって。

   だから、お金がのびのびと暮らせる黄色い札入れにしようかと、真剣に考えている最中なんです。(^^)

 

   それにしても、いやはや、2年以上もお留守にしてしまってごめんなさい。お待たせしました。(え?待ってない?:笑)

   復帰第一作です。リハビリ中なもので、文体とか、元に戻っていないかもしれませんね。

   ま、そのうち、そのうち。

   つか、うちの撩ちゃん、すーっかりムクれちゃって、口利いてくれないんですよ。ううっ

 

 

 

ムツ  「だからさ、機嫌なおしてよ。ね?ね?」

撩   「(無視)

ムツ  「これからいっぱい出してあげるからさぁ」

撩   「ふんっ どうだか・・・」

ムツ  「(あ、喋った!) あんたの見せ場、ちゃ〜んと作ってあげるからぁ」

撩   「見せ場ってどんなんだ?」

ムツ  「え?(あまり真面目には考えてなかったらしい)いや・・・えーと、ヤクザを壊滅させたり、

     銃ぶっ放したり、カーチェイスで犯人捕まえる・・・とか?」

撩   「なんで疑問形なんだよ。つか、それは冴子の仕事だろ」

ムツ  「それじゃぁ、えっっとお、綺麗なお姉さんのガードとか」

撩   「・・・・・・ほお。わかってきたじゃん」

ムツ  「可愛い女の子のガードとか」

撩   「なるほどなるほど」

ムツ  「キュートなペットのお守りとか」

撩   「うん。キュートな・・・・・・って、ペ、ペット? 

     却下だ、却下。危ねぇ。また騙されるとこだった」

    ムツ  「ちっ」

    撩   「と・に・か・く、だ。ちゃんと仕事しろ〜っ!!」