Happy Tickets




「あら、冴羽さん」



聞き覚えのある声に振り向くと、買い物袋を抱えて微笑む美樹の姿が見えた。


「おんやぁ、美樹ちゃん。一人?タコ坊主は?」

「…ファルコンは店番よ。…本当にもう、相変わらずなんだからっ」


無意識にお尻に廻りこもうとした手を パシッ と叩き落とされ、軽く睨まれた。


「冴羽さんこそ一人なの?香さんは?」

「う、うん?あいつは…その…」


歯切れの悪い返事に、美樹は状況を察したようだ。


「ははぁ〜ん。さては、また怒らせたのね」

「…うっ。…やっぱわかる?」

「つきあい長いですからね」


美樹はふふふ と笑いながら、ちょうどいいわ、と言って鞄から紙切れを取り出した。


「さっきね、商店街の福引で映画のチケットが当たったんだけれど、

これ、もうファルコンと一緒に見ちゃったのよ。

それで、香さんも見たがっていたからあげようと思っていたの」


右手でヒラヒラさせているチケットは2枚あるようだ。


「これで香さんを誘って、仲直りしなさいよ。ね」


半ば強引にチケットを俺の手に押し付け、ファルコンが待っているからお先に、と急ぎ足で帰っていった。

一人ポツンと残った俺は


「映画ねぇ。何年ぶりだろ…。ま、タダ券だしな。行ってみるか」


と呟いて歩き出した。




 




アパートへ帰って、まだブツブツと文句を言っていた香にチケットを見せると、

急にご機嫌になって、これから早速見に行こう、と言い出した。

服を着替えるために鼻歌交じりで自分の部屋へ向かう香を見ていると、なぜだか可笑しくなる。


(ホント、ガキみたいだな。こいつ…)


でも、そこが香の可愛いところでもあるのは、俺も認める。


「ね、撩。この服おかしくない?」


珍しく気合の入った格好をして俺の周りをクルリとまわってみせる。


「いいんじゃねぇの?たかが映画だし」

「たかが、とは何よ。二人で出掛けるのって、久しぶりなんだからねっ!」


またもや喧嘩が再発しそうな雰囲気に恐れをなし、

「わかった! わかったから。早く支度しな。ほれ」 と慌てて送り出した。




 




香が見たがっていた映画は、洋画のヒット作だった。

アクションあり、事件あり、ホラーあり、そしてちょっぴり愛がある、というお決まりの奴だ。

俺はあまり興味がない。

でもそれを口に出すと後々面倒なことになるのは言うまでも無い。

映画が始まってしばらくすると、もう俺は飽きてきた。

アクションひとつとっても、実際の人間の動きとは程遠く、CGを使っているのがわかる。

いつも実地で戦っているので、それと比べてしまうと、どうしても 『つくりごと』 だと意識してしまうのだ。

香は…、と見ると、傍目にも映画にのめり込んでいるのがわかる。


(…へぇ。結構真剣に見ているんだな)


俺はちょっと意外に思った。

場面が変わり、古い洋館を主人公が一人で探索に行かなければならない状況になった。


(あ〜あ、こいつはでるぞ)


俺が言いたいのは、通称 “お化け” という奴だ。

人一倍こわがりの香はどうするかな?と横を見ると、案の定、早くも手がガタガタと震えている。

窮地にさらされる主人公が香にとり付いているかのように、気持ちが入っている。

ホッ と ため息をついたり、息を呑んだり、忙しい。


(お、おもしれぇ…。映画なんかより香を見ていた方がいいな。こりゃ)


蝙蝠が飛び立つシーンでは、( ヒッ! ) と声にならない小さな叫びなんかあげている。



(可愛い奴…)



小刻みに震える香の手に、俺の手をそっと重ねた。

一瞬、ビクリとした香だが、次第に震えが止んでいく。肩から力が抜けていくのも感じる。


トクン、トクン、と鼓動が響く。


俺は自分の指を香の細い指に絡ませ、さらに親指で優しく手の甲を撫でた。


体温が伝わる。


そんなささいなことにも幸せを感じる。


そのままエンディングまで、そして家に着くまで、


手を離さなかった。

 





fin >




                       ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆







 

   <あとがき>

   これも夢路可穂さまの『DEAR CITY LIFE』に捧げた作品でした。2001.1.14に投稿しています。

   初めて、撩の立場からみたラブストーリーを書いてみた作品です。

   オトコの気持ちが少し判ったような気がしたものですよ。でも、人生はそううまくはいかないものです。
 
   ええ?? もしかしなくても6年前ってヤツでしょうか。さすがにここの撩ちんは初々しいですなぁ。





      ムツ  「映画もちゃんと見ないで、何を見てたんだい?え?」

      撩   「だってよぉ、超つまんねーんだもん」

      ムツ  「だもん、って言うな。高校生かっ!」

      撩   「周りはガキのカップルばっかだし、いちゃいちゃされっとこっちも目のやり場に困るんだって」

      ムツ  「ふ〜ん・・・。あんたも仲間入りすればよかったじゃん」

      撩   「・・・・・・し、してただろっ」

      ムツ  「けっ! 今どき、手を握ったくらいでバカップルになんかならないね」

      撩   「じゃ、じゃぁ、どういうのがムツゴロウ的バカップルなんだ?言ってみろよ」

      ムツ  「まずね、二人とも映画そっちのけでお互いの顔しか見てないの」

      撩   「ふんふん」

      ムツ  「意味なく耳元で何かしゃべって、意味もなく笑ったり」

      撩   「意味もなく??? (この辺から理解不能)」

      ムツ  「膝だっこなんか最高ね。そんで、会話に詰まったら意味なくチュウなんかかましたりして・・・」

      撩   「そ・・・それを映画館でやるって?」

      ムツ  「そうよ。それがバカップルよ。文句あんの?」

      撩   「で・・・できねぇっ! オレにはできねぇっ!!!!!!」(と走り去る)

      ムツ  「誰もあんたにそれを求めちゃいないって。墓穴掘りめが」