Fall in Love…After

〜ファルコンの場合〜





「ほ……惚れ薬だと?」

「ああ。たしかにそのじいさんはそう言っていた。まったく、ひでえ目に遭ったぜ」



ぶわっはっはっはっは!!!!




俺は可笑しくて腹がよじれそうになるほど笑った。

ミックがブツブツ言っていた訳がようやく判った。

その妙な薬の所為でかずえから、よりにもよって撩の野郎に鞍替えしそうになっただなんて!

あのスケコマシ野郎が、だ。情けないを通り越して、笑い話にしかならねえ。

俺が大笑いしたせいで機嫌を悪くしたのか、撩の奴は椅子を蹴飛ばして出て行った。

おい、またツケか?いい加減にしろよ。

まったく……

そんな薬に頼ろうとするからそういう目に遭うんだ。

香のお前に対する気持ちに自信が持てないっていうのか?

フン! 間抜けな話だな。





カランコロン…




「いらっしゃいませ」



ん? 

なんだ…この気配は……

これは……

普通の客じゃないな……だが敵意は……ない。



「マスター、コーヒーひとつ貰えるか?」

「ブレンドで宜しいですか?」

「そうネ。美味しいの淹れて頂戴アル」



……中国人か。珍しいことだ。

黙って頷き、淹れながら様子を探ってみる。

時間つぶしに寄ったのか、壁の時計を何度か振り返ってみているようだ。



「お待たせしました」



カウンター越しにコーヒーを差し出す。

もう何千回と繰り返してきたことだ。手元が狂うことはない。



「あなた、一人でこの店やってるアル?」

「え?……あ、ああ。つ……連れ合いと二人で…」



いい加減慣れればいいものを、どうも俺は……くそっ…顔が茹りそうだ。



「そうか。いいことネ。仲良き事は美しき哉。ホッホッホ…」



なんだ?この妙な緊張感は……

この客はどうもつかみ所がない。そうさせないような雰囲気がある。

俺は用も無いのに手近にあった皿を取上げ、拭き始めた。

そうでもしないとこの空気に堪えられない。くそっ……らしくない。

……皿を拭く手が震えてくる。





チクタクチクタク…――





こういう日に限って他に客は寄り付きもしねえ。

客の啜る音と俺の心臓の動悸。

それしか店には存在していないようだ。





「ただいま、ファルコン」



ふ〜っ…

重苦しい空気を一掃してくれたのは、美樹の一声だった。



「遅くなってごめんね。ちょっと絡まれちゃって…」

「なんだ?誰に絡まれたって?」



眉間に皺が寄る。

美樹はいい女だ。それは認める。

寄ってくる輩も少なくは無い。

まあ、もっとも、元傭兵の美樹に蹴散らされるのは毎度のことだが…



「あ…ううん、それはいいのよ。たいした事ないから」



美樹がチラリと客の方を向くのが気配でわかった。俺としたことが…。

そうだな。客がいる前で変な話はできないな。

どうも美樹のことになると熱くなっていかん。

撩の事ばかり言ってられんな。



「……寒かっただろう。コーヒーでも淹れるか?」

「ありがと。じゃあ、ホットミルクにして。甘目にね」

「ああ」

「じゃあ、あたし、これ置いて来るから」



スーパーのビニール袋をガサゴソとさせながら美樹は奥へ引っ込む。

冷蔵庫から牛乳を取り出して暖めていると、忘れかけていた客が口を開いた。



「今のが奥サンか?」

「ええ」

「キレイな奥サンね〜。ダンナさん、イヤな虫つく。心配、デショ?」



うっ……

どうしてこの客は俺の考えを読めるんだ?

読心術の心得でもあるのだろうか。

中国は訳のわからない術を使う奴が多いからな。



「大丈夫アルよ。奥サン、ダンナさん愛シテル。オンリーね〜♪」



カ――ッ…


どうも人様にそんな事を言われると恥かしくて仕方が無い。

恐らく真っ赤になっているであろう頭をボリボリと掻いた。



「そんなに心配なら、私がオマジナイしてあげるネ」

「まじない、だと?」

「そ。これを飲ませれば奥サン惚れ直す。ダンナさんに」



そう言ってカウンターに載せた美樹のマグカップに何やら振りかけた。



「あ! な、何をっ」

「大丈夫アルよ。ただの漢方アル」




ま、まさか…………

撩の言っていた怪しい中国人って…?





「ああ、もうこんな時間ネ。お邪魔サマ」



呆然としていた俺の前にコーヒー代を置くと

幸せになるアルね〜♪ と笑いながら去っていった。





…な、何だったんだ?今のは……

狐に化かされたような気分のまま、回らない頭で考えてみる。

これを飲めば、美樹は俺しか見えなくなる?

ばっ、ばかなっ!

そんなことをしなくても俺たちは……

いや、しかし……

だが……







「あ、お客様帰ったの?」

美樹の声に慌てて振り返る。

「何?ファルコン、顔が赤いわよ」

「い、いや…何でもない」

「そう? ならいいんだけど……あっ! ああっ!!」



な、何だ?

もしやミルクに入れたのがバレたのか?



「もうっ! どこに行ったのかと思って探してたのよ!」



何? 誰かいるのか?

素早く店内を察知したが、人の気配はない。が、その代わり……


「こんなところでミルクなんか飲んで!それはあたしのよ」



ニャオ〜ン…



げ!! げげげ!! ね、ねこぉ〜〜??!!


俺はカウンターの端まで一気に飛びのいた。

どうしてこの世で一番苦手なアレがこの店に?!



「ごめんね〜、ファルコン。買物の途中で絡まれたのはこの子になの。」



なに?! 男に、じゃないのか?



「お腹空いてたみたいだから、ご飯だけあげようと思って連れてきたんだけど…」



おい!それは無いだろう?俺が苦手なのは知っているだろ?



「引き取り手はすぐに探すから。ごめんなさい、ファルコン」



それはいい。それはいいから、この、足元に擦り寄ってくるのを何とかしてくれ!



ミィ〜…



やめろ〜!その、体の力が抜けてしまうような軟弱な泣き声がダメなんだ!

離れろ〜〜!!



「あらら。この猫ちゃん、ファルコンが気に入ったみたいね。珍しいこと」




だ、誰か! 嘘だと言ってくれ〜〜っ!!





<End>









      <あとがき>

       撩  「ほ〜ら、見たことか! 自信がないのはオレだけじゃねえ!」

       ムツ 「威張るな、アホ。 まったく、どいつもこいつも見てて飽きないわ。ふ〜っ・・・」

       撩  「ああ、あのじいさんな。しらみつぶしに調べたんだけど、どっか行っちまったようだな」

       ムツ 「へ〜。探してどうしようっていうの?」

       撩  「決まっているだろ?またアレ貰ってナンパに使うんだよ」

       ムツ 「あ、あんたは!!ま〜だ、懲りんのか?!」

       撩  「いいじゃんかよ。世の美女達がみ〜んなオレに惚れてくれるなんて、これぞ男のロマンだ」

       ムツ 「何が男のロマンだ、よ。・・・・・・いいよ、カオリンに言いつけるから

       撩  「(ひくっ) ま、待て! 冗談だよ、冗・談。やだなぁ、ムツゴロウったら本気にして・・・」

       ムツ 「そうだ! 格好いい男たちを何十人か集めて、カオリンとお茶会させるっていうのも

           いいわねぇ。もち、アレ入りの。ふっふっふっ  た・の・し・み〜〜っ!」

       撩  「ザザッ(血の気の引く音) ヤ、やめてくれ〜!」