隠れ家という名の砦




男には隠れ家ってもんが必要なんだ、というのがオレの持論。

 

チンケな親父達が家の押し入れを書斎代わりにしているのなんかとは違う。

オレがいくつか持っているアジトなんかとも違う。

勿論、ガキ共が作る秘密基地、なんつうのともちょっと違う。

 

う〜ん・・・・・・そうだな。

 

例えば、浮気相手の部屋っていうのも或る意味アリかな。

おっかない母ちゃんから逃れて若いお姉ちゃんとしっぽり、っていうのも隠れ家のひとつだ。

 

それから、落ち着いた雰囲気のバー、かな?

もちろん自分の周りの人間は、誰もそこの存在を知らない。誰にも教えない。

そこへ行けば自分ひとりだけの時間が持てる場所。そこでは偽名を使ったって構わない。

経歴を誤魔化したって知ったこっちゃない。

男のプライドが唯一保てる、そんな店があってもいいだろう。

 

それに、隠れ家っていうのは何も空間に限ったことじゃない。

例えば、流行りのネット上にだって持てるだろ?

ハンドルネームを使って、自分の趣味のサイトを持つ。気に入ったサイトに通う。

もちろん家族や友人は知らない。そんなことでも、そこが自分の隠れ家になるだろう。

 

素の自分が心から寛げて、そして自分が唯一「らしく」なれる場所。それが隠れ家。

 

 

オレはずっとそう思ってきた。

 

 

 

      ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「撩!ちょっとどこ行くのよ!」

 

「うるっせえな。依頼がねぇんだから何処に行こうがオレの勝手だろ!」

 

「そんな言い方しなくたっていいでしょ?依頼がないんだったら自分で取ってきなさいよ!」

 

「ふん!オレは知らん!」

 

「何ですって〜〜!!」

 

 

背後で香がぎゃあぎゃあ騒いでいたが、後ろ手に思いっきりドアを閉めて部屋を飛び出した。

ここのところオレは異常なほど虫の居所が悪かったから、いい加減自分でも何とか発散

したかったっていうのが理由。その原因の一番が、ナンパの成功率が激しく下落して

ヤケ酒を飲んでいたところに、ミックの野郎がこれ見よがしにカワイコちゃんを

ゾロゾロと引き連れて来やがった、なんてことはオフレコだぜ。

昔はオレの方が確実にもてたのに・・・・・ちくしょう!



おまけに依頼がないもんだから、朝っぱらから嫌でも香と顔を付き合わせちまう。

あーしろ、こーしろ、っていちいち煩いんだっつうの!

じゃあいっそのこと仲良くしよう、な〜んて思っても、

それはそれで香は全然相手をしてくれない。

ここんところずっとだ。何だかんだではぐらかされちまう。0勝5敗。しかも3KO。

オレの暴れん坊将軍も行き場を無くして可愛そうったらありゃしない。あ〜あ・・・

 

 

飛び出したはいいけれど、さて、どこへ行こうか、としばし考えたオレは、

日本に戻って来た頃に行った一軒の店に向かった。

そこを紹介してくれた奴はとうの昔に死んじまったけれど、マスターが寡黙なクセに

気配りが天下一品で居心地が最高に良かったから、当時は結構通ったものだ。

女なんか連れて行ったことはない。あそこはオレだけの、所謂隠れ家だったから。

 

 

開店にはちょっと早い時間だったが、他に行く宛があるわけでもない。

キャッツなんかに寄ろうもんなら、いいだけ小突き回されて終わり、だ。

そんな神経を逆なでするくらいなら、マスターの迷惑そうな顔

(そんな顔するとは思えないが)を拝んでいた方がまだましだった。

 

 



ギイーッ・・・

 

 

重い木の扉を体重を乗せて押し開く。

半地下になった店への階段を降りてみると、案の定、店にはまだ客は誰もいなかった。

少しばかりカビ臭い感じが、昔とちっとも変わっちゃいない。

 

 

「おや、珍しいですね」

 

 

店の奥からマスターが、懐かしそうにちょっと笑いながら出てきた。

煉瓦色のチェックのベストに小さな蝶ネクタイがよく似合っている。

 

 

「ああ。早いけど、いいかな」

 

 

構いませんよ、と笑って見せた目尻に皺が目立つ。

そんな些細なことにも、ここから遠のいていた年月の長さを思い知るのだ。



カウンターの一番奥に腰を降ろす。

この席が店内を見渡すのには一番都合が良かったことを、体が覚えていたことに苦笑する。

勿論、万が一にもオレのことを知っている奴等が来た時の為だ。



しかし・・・・・・最後にここに来たのはいつだったか・・・・・・

そう。確か槇村がまだ生きていた頃だ。

そしてオレは目を閉じて、自分だけの世界へ引きこもった。

 

 

催促をしなくても、グラスが空いたら代わりのものが目の前にコトリ、と置かれる。

飲み慣れたバーボンを胃の中に流し込むこと数時間。

その間、何人もの客が狭い店内に立ち寄っては出て行った。

BGMはマスターが選んでくれた古いJAZZChet Bakerだな。クールな歌声が心地良い。

 

 

しかし、どんなに酒を煽っても、好きな曲を聴いても、オレの気分は一向に晴れなかった。

昔ならどんなに落ち込んでいても、ここに来て飲んでいるうちに忘れられたのに。

一仕事の後も、傷を負った後も、何かを失った時も、どん底から這い上がることができた。

なのに、今は先の見えない闇に嵌りそうになってみっともなくもがいているだけだ。

 

 

あ〜あ・・・・・・何やってんだろ、オレ。

 

 

くだらない事で腐っていただけなのに、いつの間にか気分が悪くなるだけの昔の事まで

思い出しちまった。余計に拍車が掛かるってもんだ。

ここに来たのは失敗だったかな・・・そう思って席を立とうとした時だった。

 

 

「お疲れのようですね」

 

 

マスターが小さく、でもはっきりと聞き取れるように声をかけてきた。

いつの間にか、客はまたオレ一人になっていた。

 

 

「気分が乗らないだけさ」

 

「そうですか」

 

 

深いカットの入ったグラスを、キュッと小気味良い音をたてて磨き上げていく。

オレはただボンヤリとそれを見ていた。

 

 

「あなたにはもう、ここは必要ないのだと思っていたのですよ」

 

「・・・・・・」

 

「違いますか?」

 

 

カラン、とグラスの中で氷が崩れた。

 

 

「あなたの居場所はここではないのでしょう?」

 

 

マスターは、ふっと穏やかに微笑んだ。その横顔が誰かに似ている・・・

そう気付いた時、オレは勢い良く席を立っていた。

 

 

 

      ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

すっかり午前様になってしまった。

遠慮がちに家のドアを開ける。できるだけ音をたてないようにしたつもりだが、

案の定聞きつけたのだろう。香がパタパタと走ってきた。


そのまま ドン! と勢いをつけてオレの胸に飛び込んできた。

 

 

「か 、 おり?」

 

 

無言のまま両手でオレの襟元を握っている。

俯いていたから、どんな表情をしているのかまでは見えない。

やっぱり、まだ怒っているのか?

しかし、小さく泣きそうな声が聞こえ、オレは息を呑んだ。

 

 

「もう・・・・・・帰ってこないかと・・・思った」

 

 

胸の奥がジンとした。

渾身の力を込めて、唇を動かす。

 

 

「何、言ってんだ」

 

「だって・・・撩、すごくイラついてた。あたし、何もできない・・・」

 

 

心臓を鷲掴みにされたような気がした。

一体オレは何をやっていたんだ?

香にあたり散らして、不安にさせて・・・挙句の果てに泣かせた。

胸クソ悪くて反吐が出る。

 

 

「悪かった。でも、ココ以外にオレの帰る場所なんかないだろ?」

 

 

そう言うと、香ははっとしたように顔を上げ、それから、ふわっと笑った。

思わず見惚れちまうような笑い方だ。

それが一瞬の間を産みだした後、クセのある短い髪に指を絡めてくしゃくしゃと掻き回した。

不思議なもんだ。たったこれだけのことなのに、嘘のように気分が上昇しているじゃないか。

何時間かかっても出来なかったことを、お前は一瞬でやっちまうんだな。

ほんと、すげぇよ。

 

 

階段を登りながら、繋いだ手にほんの少しだけ力を入れた。

きゅっと握り返された指先から体温が伝わってくる。

ただそれだけで心が癒されるなんて。

こんな風に甘やかされたら、オレはもうお前の傍でしか寛げないじゃないか。

でも、そういうことなんだな。

男のプライドなんか、クソ喰らえだ。

もうここにしか帰れない。

お前のいる処がオレのいるべき場所なんだ。

 

 

――― もう、オレには隠れ家は必要ない

 

 

 

                          <End

 

 

<あとがき>

   これはなかよしのジルしゃんのサイト「planet blue」に差し上げたものです。
   2002年2月掲載です。
   ジルしゃんから聞いたリクエストが、『チュウなし萌え』(爆)と知ったとき、
   あたしには無理じゃねえか?? と思いましたよ。はい。正直なところ。
   こういう微妙な「心の襞」っていうんすかね?なかなかうまく書けません。
   書いてみたら、暗いじゃん、撩。カオリンにあたってるし。こんなんで萌えますか?



   

   
ムツ  「あ〜、私も隠れ家欲しいわ〜」

    撩   「はぁ〜?なんで? 必要なのか?」

    ムツ  「そりゃ私だって欲しくなる時はあるわよ。悲しい時とか、一人で静かに考えごと・・・」

    撩   「絶・対 違うだろ。お前は逃避するために欲しいだけだ」

    ムツ   ぎっく〜〜ん (大汗)

    撩   「お前の性格なら、何か企んでいたのがバレそうになった時とか、

          やらなきゃならん宿題が終らないのに急に本が読みたくなる時とか・・・」

    ムツ  「わたしゃ中坊かっ!? 」

    撩   「そんなガキに 隠れ家なんて100万年早いっての」

    ムツ  「うぁ〜〜ん、撩がいぢめる〜〜   かおり〜んっ  」 (脱兎)

    撩   「・・・逃げやがった。これが逃避だっていうのがわかんないのかねぇ」