以心伝心



ガシャン――




「あ〜あ、またやっちゃった。」




ついさっきまで手の中にあったマグカップを、そっと拾い上げた。

しかも、撩のだよ…どうしよう。

手の部分が取れたカップを目の前に翳す。

そのマグカップは香が、自分用と撩用を色違いで買ったものだった。

可愛らしいピンクとブルーのお揃いだなんて、

新婚カップルみたいだと思いながらも結構気に入って使っていたのに…。





「どした?」



驚いて振り返るとすぐ傍に撩が立っていた。



「何か音したけど。」

「ごめん、これ。取れちゃった。」



香は手にしていたカップを申し訳なさそうに見せた。



「…ああ、オレのか。別に気にしてないよ。それよりケガしなかったか?」

「あ、うん。…大丈夫。」



そうか、と言うと撩はリビングへと去っていった。

後ろ姿を見ながら、香は何ともいえない虚しさを感じていた。

別に気にしてない、か…

なんだかなぁ…。

お揃いにこだわっていたのは自分だけだったのかなぁ。

もしかしたら撩は

お揃いだということにも気が付いていなかったかもしれない…。




はぁ――…  




考え事をしていると、ため息ばっかり出てしまう。

しょうがない。

明日にでも買いにいくとするか。

今度はもうちょっと丈夫で、そして撩らしいのを買ってあげよう。

うん、そうしよう。





翌日、香は近所にある、お気に入りの雑貨屋さんへと足を運んだ。




「奮発してやろうかと思ったけど、今日も依頼がなかったからなぁ。」



キョロキョロしながら店内を歩き廻る。

ふと、シンプルなブラウンのマグカップが目に入った。



あ、これ… 




思わず手に取って見る。

うん、悪くない。

ざらりとした手触りが、何とも言えず手に馴染む。

模様も何も入っていないけれど、値段も手ごろだし…。

このカップを持ってコーヒーを飲む撩を想像してみる。

よしよし。似合う似合う…。

自然と口元が緩む。



 

レジで支払いを済ませると、香はアパートと向かった。

夕食後、早速コーヒーを淹れることにする。

お湯を沸かし、ガリガリと音を立ててキャッツブレンドの豆を挽く。




新しいカップを見て、撩は何て言うなぁ。

気に入ってくれればいいんだけれど…。

雑貨屋の包みを開いてカップの準備をする。




あれ?

あたしのマグカップが見当たらない…。

今朝は確かにあったのに。

リビングに置き忘れたかな。





キッチンを出ようとした香は、入ってきた撩とぶつかりそうになった。



「きゃっ」


勢いで倒れそうになった香の腰を、太い腕が抱きとめる。



「おい、何慌ててんだよ。危ないだろ?」

「ごめん、撩。あたし、カップを探してて…。」



香をきちんと立たせると、撩は言いにくそうに口篭った。



「いや…オレの方こそお前に謝らなくちゃならん。」

「なに?」

「…お前のカップ、割っちまった。」



え?



「オレのカップ無かったから使おうと思って。で、はずみで落としちまった。」

「…あ………………そう…」



拍子抜けしたような香の返事に苦笑いを浮かべ、

撩は懐から何やら取り出した。



「で、これ、お詫びの印にお前用のカップ、買ってきた。」





おなじ店の包み…

まさか…




ガサゴソと取り出してみると、

香が買ったものとまったく同じカップが入っていた。




「撩! これ…」

「気にいらねぇか?角の雑貨屋で買ったんだけど。」

「そ、そんなことない! 嬉しい。ありがとう、撩。」




両手でカップを大切そうに包み込む。




「お前に似合うと思ってな。柄にも無く、衝動買いしちまった。」



恥かしそうに鼻を擦っている撩を、上目遣いで見上げる。

あたしに似合う?

そうかなぁ。撩の方が似合うと思うんだけど。

ふふっと笑いが漏れる。



「何、笑ってんだよ。いいから早くコーヒー淹れろよ。」

「はいはい。すぐに持っていくから。リビングで待ってて。」



カップを抱えて流しへと向かった。

二つのカップにゆっくりとコーヒーを注ぐ。

今度は色違いじゃなくて、同じカップか…。

これ、持って行ったら、アイツ、どんな顔するかしら。

クスリと笑いながらキッチンを後にした。




<End>







   <あとがき>

    ムツ 「あんたさ、カオリンの後、尾行たんじゃないの?」

    撩  「何言ってんだよ!偶然だよ、偶然!」

    ムツ 「あ〜や〜し〜いっ もしかして、カオリンのカップもワザと割っちゃったとか?」

    撩  「そうそう、同じカップ買いたかったから・・・って、んなワケねえだろ! 」

    ムツ 「ふ〜ん、私は騙されないわよ。」

    撩  「・・・・・・・・・・・・・だって、お前が考えたネタだろ?

   ムツ  「   却下!   」