究極の選択




カラン…―――




バタバタと騒がしい音を立てて店に入ってきたのは、常連の一人だった。


「あ〜〜〜〜っ! ホントに腹が立つ!!」

「どうしたのよ、香さん。」


片手にハンマーを握り締めた様子は、傍目にも怒り心頭ということが見て取れる程だった。



「どうもこうもないのよ。美樹さん、アイツ、来なかった?」

「アイツって、冴羽さん?」

「そう。あの、モッコリバカ男!」

「さっきまでそこにいたけど…入れ違いで出て行っちゃったわよ。ねぇ、ファルコン」



隣で黙々と皿を磨いていたマスターは、ムスッと頷いた。


「あんのヤロー、逃げ足だけは速いんだから!」


いつものカウンター席に腰をかけようとした香は、そこで初めて隣に座る男をみとめた。


「あらっ、ミックさん。いたの?」

「いたのって、ひどいなぁ。ず〜っとここに座っていたのに…」

「ご、ごめんなさいね。うるさかったでしょ?」

「いや、そんな事ないけどね。で?リョウは、今度は何をやらかしたんだい?」

「アイツ、せっかくの依頼を美女じゃないからって断ったのよ。久しぶりの仕事だったのに!」


ドン!と カウンターを拳で叩いた香を、まあまあ、と美樹が鎮める。


「香さん、コーヒー?」

「う〜ん…。飲みたいところなんだけど、伝言板見に行かなきゃいけないから。」


座ったばかりの椅子から香が立ち上がると、ミックが大きくため息をついた。


「リョウもガキみてえだなぁ。美女の依頼しか受けないなんて。」

「本当ね。香さんの苦労も知らないで。」

「知っててもアイツの態度は変わらないわよ。一度だって感謝されたことなんかないもの。」

「でも、冴羽さんのパートナーは香さんにしか務まらないわよ」

「アイツには出来すぎのパートナーだな。フン!」

「リョウもカオリが一番ってわかりゃ、ナンパなんかしないだろうに…」

「それをアイツの口から一度でも言わせてみたいわね。ま、絶〜っ対無理だろうけど」


ハハハ…と乾いた笑いが漏れる。


「じゃ、美樹さん、海坊主さん。ごめんなさいね。また来ます。」


香は入ってきたときとは反対に、静かに扉を開けて出て行った。





カランコロン…――




嵐の後の静けさとはよくいったものだ。店内にドアベルの余韻が微かに響いていった。


「…行ったぞ。」

「わりぃね、いつも。」


カウンターの内側に隠れていた、話題の男がモゾモゾと這い出して顔を上げた。


「リョウ…お前、いい加減にしろよ。ミキもこんな奴を匿うことないのに…」

「だって、ここでケンカ始められたらまたお店が壊れちゃうじゃない。」

「フン!いい迷惑だ!」


周りの悪言をものともせず、やれやれとばかりに撩はミックの隣に座った。


「香の奴、ハンマー握ってどこまでも追いかけてくるんだもんなぁ。

ナンパにもおちおち行けねぇじゃないか、くそ〜!」


ふて腐れたような声でカウンターに突っ伏している男を、他の三人は呆れたように見遣った。

そして視線を合わせ、クスリと笑ったのだった。







すっかり冷めてしまったコーヒーを飲み干し、ミックは隣の男に声をかけた。


「リョウ、真面目な話、仕事ちゃんと受けろよ。カオリが可愛そうだろ?」

「うるせ〜。オレはモッコリ美人の依頼じゃないとヤル気が起きねぇんだよ。」

「贅沢言ってられんのも今だけだ。カオリが本気で怒り出すぞ。」


撩は頬杖をつきながら、大きな欠伸をかみ殺した。


「あ〜あ…。あんな凶暴女じゃなくて、どこかにオレと組んでくれるモッコリちゃんいないかなぁ…」

「あのな、カオリ以上のモッコリちゃんなんて、そうそういるもんかよ。」

「ミック、お前…しばらく会わないうちに目悪くなったのか?

香のどこがモッコリちゃんなんだよ!あいつはな、姿かたちは女かもしれんが、

色気なんかちぃ〜っともありゃしない。それに比べりゃ、美樹ちゃんやかずえちゃん、

かすみちゃんの方がお色気ムンムンで撩ちゃん、ヤル気バンバン出ちゃうんだよね〜。」

「お前のヤル気は仕事のヤル気じゃねぇだろ!」


ミックにど突かれながらも撩はヘラヘラと笑っている。


「じゃあ、今誰かがお前のパートナーになりたいって立候補したら、香とどっちを選ぶ?」

「ん〜?誰でもいいよぉ。いい女なら。」

「ほ〜〜〜。それが ゲイバー エロイカのママでもか?」


撩は一気に眠気から醒め、ガバリと起き上がった。


「お・・お前・・何言って…」

「誰でもいいって言ったよなぁ。ママ、昔からお前のこと気に入ってるみたいだし。

アレでも気持ちだけはそこらのモッコリちゃんと変わらんいい女だぞ?どうだ、え?」

「い・・や・・そ、それは…」

「どうなんだ?」


ズズイっと海坊主が顔を突き出す。


「冴羽さん、はっきりしてよ。香さんよりもママさんの方がいいの?」


美樹までもが答えを迫ってくる。


「おい、どうなんだ?」 

「どうなの?冴羽さん!」 

「リョウ!」


三人のあまりの迫力に撩は完全に呑まれてしまい、思わず口走ってしまった。


「か…香の方がいいに決まってんだろ!」





パチン ――




何かの機械音がして、一瞬店内は静まった。


「はい、ミック、お疲れ様。」

「いやいや、軽い軽い。」

「上手くいったようだな。」


三人とも突き出していた顔を引っ込め、何事もなかったかのように振舞っている。

へ?と、訳が判らないという顔で呆ける撩を横目に、ミックがニヤリと笑った。


「ミキ、ちゃ〜んと録れたかい?」

「もう、バッチリ!」


美樹はカセットテープを取り出し、ヒラヒラと振って見せた。


「これは私たち三人から香さんにプレゼントするわ。」

「ちょ、ちょっと待て!何を録音したんだ?まさか…」


慌ててテープを取上げようとする撩をミックがガッチリ押さえ込んだ。


「おい、往生際が悪いぞ。これくらい香にしてやってもいいだろう。」

「離せよ! おい、タコ坊主、テープを返せ!」

「フン! 匿ってやった恩を忘れてタコ呼ばわりか?お前には絶対渡さん!」

「ヤメロ〜〜〜! 離せ〜〜…」






クスクス…

香は自分の部屋で、美樹から貰ったテープを繰り返し聞いていた。

『香の方がいいに決まってんだろっ!』

シュルルルル…

『香の方がいいに決まってんだろっ!』

シュルルルル… 

『香の方がいいに決まってんだろっ!』

…………



どういう状況でこれを録音したのかが容易に想像できて、自然と笑みが零れてしまう。




これはアニキの指輪の次に宝物にしようっと―――





<End>




    




    <あとがき>

       他サイトさまへの投稿生活をおくっていた私が、自分のサイトを立ち上げようと思い立ったのがGW中。

       が! オリジナルがないっ!

       という訳で慌てて作ったブツであります。お目汚しですがお許しを・・・。



       撩  「オレ、なんだかみんなに遊ばれてない?」

       ムツ 「だって、しゃ〜ないでしょ。みんなカオリンの味方なんだもん」

       撩  「くそ〜〜!ナンパ行ってやる!おい、管理人、次はオレにもいい思いさせろよっ」

       ムツ 「・・・・・」 逃げっ!