One's battered life




撩が心を閉ざした。

あらゆる者を受けつけない。

あたしでさえも―――









きっかけは些細なことだった。

本の間に挟まっていた古い写真を見つけて、撩に渡した時から…。

写真の中では、撩と知らない男の人が笑って肩を組んでいた。

まるで、親友か兄弟のように…。



「…ハリー…」



撩は一言だけ呟くと、自分の世界に引きこもってしまった。

何を考えているのか、思考は現在(いま)にない。

あたしの知らない過去へと遡っている。








態度も言葉も、普通じゃない。

―オレに構うな

―放っておいてくれ

―お前には関係ない

そんな冷たい言葉しか生み出されない。






家の中を重苦しい空気が支配する。

耐え切れずにマスターに聞いてみると、その男は傭兵時代の親友だという。

ゲリラ戦で死んだらしい、と、いうことしか判らなかった。





「そうだったの…」

「あの世界では、生きるか死ぬか、には1ミリくらいの差しかない。

もしかしたら、その時死んでいたのは撩だったかもしれない。そんなもんだ」

「撩は、そのハリーって人のことで、自分を責めているのかもしれないわね」

俯いて話す香に、海坊主は深い溜息をついた。

「アイツは、優しすぎる。それが、欠点だ」

「…苦しいだろうな…」

「放っておけ。時間が解決してくれるだろう」

「そう、ね。ならいいんだけど…」

すっかり冷めたカップに、サービスだ、と言って暖かなコーヒーを注いでくれた。








屋上への階段を静かに登り、扉を開くと

見慣れた背中が新宿の街灯りに浮かんでいた。

「撩…ここにいたのね」

返事の代わりに、グラスの中の氷が音をたてた。

「風邪…ひくよ」

「ほっといてくれって言っただろ」

「撩…」

シャツの背中が全てを拒んでいるかのように見えた。

こんなに近くにいるのに、何だかずごく遠い…。

大きな背中にそっと頬を寄せ、腕を廻した。




「撩…そんなに自分を責めないで…」

「…聞いたのか…」

「うん…。ね、お願いだから…」

「あのタコめ、余計なことを…」

「撩!」

諌めるように名を呼ぶと、撩の力がしだいに抜けていった。

グラスに口をつけ、喉に流し込む。

「わかっていたんだ。この世界に入った時に…」




―― 死がいつも隣り合わせなんだってこと…


―― 心を許すと別れが辛いってこと…




「ヤなこと、思い出しちまったな…」

「撩…傷つかないで生きていく人なんて、いないのよ。どの世界でも…」

香は静かにこたえた。




―― そうだな。コイツの言う通りだ…




「お前は、後悔していないか?オレと一緒にいて…」

香は軽い吐息をつくと、呆れたように言った。

「あんた、何回同じこと聞くのよ。後悔なんてしてないわ。これからも、ずっと!」

撩は香の方へ向くと、手すりに体を預けて空を仰いだ。

「お前は…」

「なによ」

「いや…強いなって思って、さ」




―― 後悔なんて、しない…か




「もう少し、時間をくれ。そうしたら…」

「そうしたら?」

「…元に…戻るから」

バーボンを煽ると、街のネオンを振り返った。








<End>








   <あとがき>

   この作品は、某サイトさまに捧げたものだったのですが、残念ながら

   そこが閉鎖されることになりましたので(シクシク)、ここにアップすることになりました。

   し・か・し

   くっ…くっら〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜い!!

   こんなに暗い撩ちゃんなんて、私、初めて書きました。慣れないことはするもんじゃないな。

   タイトルの 『One's battered life』 とは 『傷だらけの人生』 っていうことで。




    ムツ 「・・・暗いわ・・・暗い・・・誰か灯りをちょうだい・・・」

    撩  「お前なあ・・・オレだってたまには暗くなることだってあるんだ。悪いか?」

    ムツ 「いや・・・悪くないけど・・・」

    撩  「んじゃ、何が気にくわねぇんだ?」

    ムツ 「
・・・カオリンに八つ当たり(ボソッ)

    撩  「あ、あれは・・・なんつーか・・・その・・・・・・悪かったな。」

    ムツ 「ちゃんと謝ったんでしょうね。カオリンに。」

    撩  「あったり前だろ?」

    ムツ 「ほんと〜に?(怪しい目)」

    撩  「ああ。ちゃ〜んと、オレ流の謝り方で、な。(ニヤリ)」

    ムツ 「い、いきなり開き直るな〜〜〜!(ボカッ!)」