Only One






また、だ。



手近にあったティッシュの箱を手にとると、灰色の底が見えた。

仕方なく、新しい箱を取り出して香に向かって軽く放り投げた。




「ほらよ」


「あ゛…あ゛ひ゛が
 ど」




ズピッズピッ…と音を立てて鼻をかむのを横目で見遣ると、瞼も既に腫れぼったい。

オレが帰ってくるまでにも、相当泣いていたらしい。

あ〜あ、いいオンナが台無しじゃねぇか。

まったく、花粉症の時期がやっと終わったってのに、またティッシュの世話になるなんてな。

世話になるのは夜だけでいいっつーの。



香が何をそんなに泣いているのか、というと、何のことはない。

『かわいそうな絵本を読んだから』、だそうだ。

読み終えた後も、最後のシーンを思い出しては涙が止まらなくなるらしい。

それが冒頭の状態になってるってワケだ。

たかが絵本だろ、と言ったら、モンの凄い目つきで睨まれた。

人でなし!とまで言われたぜ。まったく、ひでえ言い様だよな。

だったらあんたも読んでみなさいよ、

と言う香は、そんなにオレの泣き顔が見たいんだろうか。

そして、ほ〜らやっぱり。 と言いたいに違いない。



唯香に貰ったらしいその本は、100万回も生まれ変わって生きた猫の話らしい。

記憶に無いくらい昔はどうだったか知らないが、オレはガキ向けの絵本というものは

読んだことはない。

生まれて初めてのそれを手に取ってみたら、あまりの薄さに驚いた。

考えて見りゃ、ものの3分もあれば読み終える短さなんだから、当然だな。

100万回の人生(猫だから猫生か?)をおくった猫は100万人に愛され、

100万回の死の場面で100万人に泣かれた、という100万という数字がやたらと登場する。

が、本人は何処吹く風ってやつで、飼い主に愛情なんか感じちゃいない。

しかも死ぬのは怖くない、っていう、一昔前のどっかの誰かさんみたいだ。

ヤダネー。



一通り最後まで目を通したオレは、本をパタリと閉じた。




「ね、どおだった?」




隣で読み終わるのを待っていた香は、オレの顔を覗き込む。

残念だったな。オレは、お前ほど涙腺は弛んじゃいない。

香は猫がかわいそうだ、という。

やっと好きになった白猫に、先立たれてしまうなんて。

けど、どっちがかわいそうだって思うんだろう。置いていかれた方か、置いて逝った方か。


答えは、どっちも、なんだと。

まったく……香らしい答えだよ。

絵本というのは、ハッピーエンドで終わっていなければいけないって法律はないんだが、

こういう終わり方は香に言わせれば 『反則』 なんだそうだ。



【……ねこは白いねこといっしょに、いつまでもいつまでも、しあわせにくらしました。】



で、終わって欲しかったと。




そういう考えもわからないでもない。

死んでも死んでも生まれ変わることができるっていう夢のような世界から、



 もう、けっして生きかえりませんでした 



という現実の世界に引き摺り下ろされるその非情。

お前は「死」を現実世界でイヤというほど知っているから、よけいにな。

こんな薄っぺらな本から突きつけられるものは、あまりにも大きい。




猫と白猫の感情に共鳴して、自分を重ねて無防備に泣ける香を、きれいだと思う。

こんなに優しい感情をもった香が、たまらなく愛しい。

オレはそこまで素直にはなれないから。




「オレはこの猫が羨ましい」




あいつは、やっと泣くことができたんだ。

あいつは、やっと死ぬことができたんだ。

もう、意味もなく生きかえらなくていいんだぞ。

最後の最後に、好きなヤツができてよかったじゃないか。

100万回の人生で、唯一の。




そう呟いたオレを、じっと見上げる香。

周りが赤く腫れて見られたモンじゃないけど、大きな瞳が猫の目みたいだ。

そして、やっぱり猫みたいに擦り寄ってきて、オレの胸の中で

そうだね、と小さく囁いた。






<End>


参考文献 : 佐野洋子作・絵 『100万回生きたねこ』 講談社




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






        すっご〜〜〜〜く、久しぶりの更新です。ほんとに(殴)。

        見放さないでいて下さったみなさま、ありがとうございます。

        この絵本、私の大好きな本なんですが、やはり読むたびに泣いてしまうんですよね。

        動物ネタは弱いです。映画でも、本でも、イチコロになる私。

        まだ読まれてない方・・・・・ごめんなさい。ネタばれしちゃいました(汗)

        本屋さんの児童書のコーナーにあると思いますが、涙脆い方が立ち読みすると

        タイヘンなことになるかもしれません。ハンカチ片手にどうぞ。




        ムツ 「いやあ、久しぶりの登場だね、撩ちゃん」

        撩  「てめっ  ざけんなよ。何ヶ月ぶりだと思ってんだ?あん?」

        ムツ 「かれこれ・・・ひいふうみい・・・ごめん、覚えてないわ。ははっ」

        撩  「・・・殺すぞ、てめぇ」

        ムツ 「あ〜ら、シティーハンターさんは殺しはしないんじゃなかったかしらん」

        撩  「うっ・・・・・・」

        ムツ 「(遠い目)昔はねぇ。あんなだったのに、最近のアンタは鈍ったというかなんというか・・・」

        撩  「う、うるせ〜〜! お前ごとき消すのにオレ様の腕は必要ない!」

        ムツ 「へ?」

        撩  「いい話を聞いたなぁ。『子猫物語』でも見るか?それとも『南極物語』にするか?」
ニヤ

        ムツ 「そ・・・・・・それだけは・・・・・・うわ〜〜〜っ」(逃亡)

        撩  「ふっ 勝ったぜ」