My Pretty






「ちょっとお向かいに行って来るわね」






出掛けにちょうど帰ってきた彼にそう告げると、ほんの一瞬、眉根を顰めた。



「香さんが風邪をひいたみたいなの」

「ほう。で、リョウがきみに泣きついてきた、と?」

「泣きついたっていうか……」






一緒に夕飯の買物に行こうかと誘ったら、珍しく冴羽さんが電話に出たから驚いた。

しかも元気がとりえの香さんが寝込んでいるなんて。

医者に連れて行ったの?って聞いたらまだだって言うじゃない。

今年の風邪は侮れないわよって半ば脅迫したら、



『 “かずえちゃんスペシャル” を頼む』



ってそれだけ言って切っちゃったのよ。あの人は。

呆れるやら苦笑するやら。

ほんと、素直じゃないんだから。






「今にはじまったことじゃない」

「それもそうね」




ミックと顔を見合わせてクスクスと笑った。

何年もあの二人を見てきた私としては、ちょっともどかしい所もあるけれど。




「ほら、カズエ。あっちで首を長くして待ってるぞ」

「あら、たいへん」






調合したスペシャルを手に、慌てて行ってきますのキスを交わし、向かいのアパートへと急いだ。

冴羽さんによると昨夜から熱がひどいって話。

流行りの型のインフルエンザじゃなければいいけれど。

薬は飲んでいるのかしら。

冴羽さんのことだから、ちゃんとした病人食も作ってないのかもしれない。

お粥か何か、作ってあげた方がいいかも。

それともビタミンCのたくさん摂れるフルーツでも買ってくれば良かったかしら。

あっ 点滴を持ってきたほうが良かったのかも。私ったら慌てて……。

いいえ、そんなことより。

今はとにかく、香さんの容態を確認するのが先決よ。

ああ、それにしても。

このアパートってどうしてエレベーターもないのかしら。

急いでいる時はほんとに不便なのよ。

冴羽さんたちなら体力が有り余っているんだから、問題ないのかもしれない。

でも……はぁっ……ちょっとこれは……

三階を過ぎたあたりから、太腿が痛くなってきた。

日頃の運動不足が祟っているわね。ジムかプールにでも通おうかしら。

ミックは今のままでいいって言ってくれるけど、あと1.5kg 落としたいのよね。

……って、そんなこと考えている場合じゃないのよ。

もう少し……あとワンフロア……

息を切らしてドアノブに手をかけたら、いったいどこで見ていたのか、聞いていたのか、

不思議なくらいジャストのタイミングでドアが開いた。






「かずえちゃん、悪いね」

「さ、冴羽さんっ?! その格好……」




玄関に迎えに現れた冴羽さんは、真冬だというのにランニングシャツ一枚。

しかも、そのシャツも汗で体に張り付いている。



「あいつが寒がるから、ストーブがんがん焚いてんの」




はあ……、そうですか。

それにしても何なのっ、この湿気は!



部屋の中を見回せば、ストーブが二台に、盛大に湯気を立てている加湿器とやかん。

それと、ぐっしょり濡れたバスタオルがあちこちにかけてある。

いくらなんでもやりすぎよ。ジャングルじゃないんだから。

少しは加減ってものを覚えなさい。

高熱のときは黙ってても汗が出るんだから、無理に部屋を暖めなくてもいいのよ。

かえって身体に負担がかかって疲れてしまうわ。

適度な温度と湿気。食べられるようなら胃に優しい物と、あとは水分を摂ること。

そして、汗をかいたら時々着替えをさせること。いいわね?

そう言ったら、冴羽さん、ちょっとだけ息を呑んだ。




「着替え?」

「そう」

「オレ、が?」

「他に誰がいるっていうの」




なーにを今更恥ずかしがっているんだか。

香さんの診察をしてみると、どうやらインフルエンザまではいかないみたい。

一気に発熱したことで体力が落ちてしまったのね。

熱さえもう少し下がれば問題なさそう。

手早く注射を終えた私は、湿気を抑えるための作業を始めた彼を残してキッチンへと向かった。

せめてお粥を作っておいてあげましょう、と足を運んだそこには、

見るも無残に焦げた鍋、鍋、そして鍋っ!

炭みたいになったお粥(らしきもの)がこびりついている。



はぁ〜〜〜っ……



努力は認めましょう。努力は。


鈍痛を感じるこめかみを抑えつつも、さっそく鍋との格闘に取り掛かった。






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






「助かったよ」

「いいのよ、お互い様だもの」




悪戦苦闘の結果、どうにか鍋の山を片付け終えた私は、

冴羽さんが申し訳なさそうに差し出したコーヒーをご馳走になった。

きっと彼は寝ていないのだろう。

《仕事》の時とは違う疲れが顔に出ているもの。




「もっと早く医者にかかればよかったのに。夜間救急もあったでしょうに」

「ああ……まあな」

「じゃあ、どうして」

「………女医がいなかった」

「………」




こ、これは笑っちゃいけないのよね。

でも……でも……

お、可笑しすぎるっ

ぷっ…くっ……くくくっ……くっ……




「なーに笑ってんだよ」




ほら、拗ねた。

この人って、ほんと子どもみたい。


く…くくくっ……


あなたが香さんの看病に、こんなに必死になるなんてね。

慌てぶりが目に浮かぶようよ。

ふふ。久しぶりにいいものを見せてもらったわ。






「なぁ、かずえちゃん。ものは相談だけど」

「なぁに?」

「いい加減、あいつに覗き見はヤメロって言ってやってくんない?」

「え?」




くいと顎で指し示した先を見ると、双眼鏡がキラリ。



はぁ〜〜………



ここにも頭痛の種が。

心配することなんか何もないのに。

そんなに気になるならついてくればよかったじゃない。

どうして私の周りの男たちは揃いも揃って……。



そう。

揃いも揃って、なんてかわいい男たちなんでしょう。

ねぇ、香さん。そう思わない?




<End>




     <あとがき>


        今回はかずえさん視点で書いてみました。腕に職があるっていいわねぇ。

        
        今、私の周りではインフルエンザが大流行の兆しです。

        うがい、手洗い、充分な睡眠。

        これで予防になるのだろうか。一番の予防薬はワクチンらしいけど。

        みなさんは大丈夫ですか?




          ムツ 「カオリンが風邪ひくなんて、珍しい」

          撩  「バ●は風邪ひかねぇっていうしな」

          ムツ 「カオリンはバ●じゃないやいっ」

          撩  「じゃぁ、鬼の霍乱ってヤツだ」

          ムツ 「鬼ってことはないでしょー」

          撩  「いいや。あいつは鬼だ。お前の知らない処で角だしたりヘソだしたりしてるぞ」

          ムツ 「相手があんただから角もでるんでしょーが。・・・・・・ヘソって、もしや寝てる時とか?」

          撩  「そうそう。だから風邪ひいたんだろ」

          ムツ 「・・・・・・何であんたがソレを知ってるんだ?」

          撩  「そりゃぁ一緒に・・・・・・・
(はっ)」 汗たら〜り

          ムツ 「ゆ・る・せ〜〜んっ!」 
バキッボキッ