優しい雨





いつもなら、いい加減老朽化したこのアパートを、少しは労わろうかと静かに歩くのに、

頭に完全に血を上らせた脳裏からは、そんなことはきれいさっぱり吹き飛んでいた。



ばかっ! 撩のばかっ!!!



勢い良く吹き出した怒りを鎮めるためには、どうにも同じ屋根の下じゃ収拾がつかない。

取るものもとりあえず、サンダルだけつっかけてアパートを飛び出した。






駆けていく後ろ姿をリビングのベランダから見送って、ふ〜っ、と溜息をついた。

テーブルの上には携帯が転がっている。

家の鍵も財布も置きっぱなし。

どうせすぐに戻ってくるに決まっている。

ほとぼりが冷めた頃にいつの間にか帰ってきて、黙々と飯の支度をしているんだ。

こんなこと、今までにも数え切れないくらいあった。



いちいち付き合ってらんねえんだよ……



尻のポケットから少し歪んだタバコを取り出して火をつけ、

鉛色の空に向かって煙を吐き出した。










ポタ、ポタ……



すっかり濡れそぼった髪の先から、重力に耐え切れなくなった雫がスカートに落ちる。

周りで遊んでいた子供たちも、降りだした雨のせいで帰っていった。



あたし、何やってんだろ。

ばかみたい。

一人で勝手に癇癪起こしてたんだって、わかってる。

わかってるんだけど……。



「ママ、あのお姉ちゃん…」

「しっ いいから。あっち行きましょう」



パシャパシャと足早に去る音をじっと聞きながら、冷たくなった指先を擦り合わせた。

不審者扱いされようが、変人扱いされようが、まだ帰れない。

同じことを繰り返す自分のばかさ加減にもほんと、呆れちゃうのよ。

もう少し、もう少し。

もう少しだけ、心が静まってからじゃないと、帰れない。








どのくらいそうしていただろう。

スカートに落ちる雫がなくなっているのに気付いて顔を上げた。



あ……れ?



背後から差し出された傘の柄が目に入った。





「ったく…。雨宿りするなら屋根のあるところだろ?普通は。 バカか?お前」

「ど…して……」

「お前の行き先くらいわかるって。ほら、帰るぞ」





ベンチから立ち上がると、傘をあたしに押し付けて撩が先に歩き出した。

その背中も、肩も、腕も、すっかり濡れている。





「待ってよ。ねえ」

「バカは構ってらんねえの」

「あら。バカって、傘一本しか持ってこなかった誰かさんのこと?」

「うるせえよ」

「素直じゃないなぁ」

「どっちが」

「……どっちも」










  いつまでも降り続く雨。

  静かな室内にはゆっくりと時間が流れていく。

  窓をパラパラと叩く雨音と、逞しくて、そして暖かい腕が

  あたしを優しく包みこんだ。




<End>





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




     <あとがき>


       雨って実はそんなに嫌いじゃないんです。
       あの、雨が降り出す直前の、アスファルトの湿ったような匂いがたまらない。(←フェチ?)



        ムツ 「お迎え、ご苦労さん」

        撩  「まったくよお。バカには付き合ってらんねえな」

        ムツ 「とか何とか言っちゃって。走って追いかけてったのは誰よ」

        撩  「ゴホッ・・・ゲホッ・・・・・・お、お前、なんでそれをっ?!」

        ムツ 「チッチッチ・・・ 甘いね。あたいの手下はどこにでもいるのさ。ふふ〜ん♪」

        撩  「手下だあ? さては・・・・・・ミックだな?」

        ムツ  
ひくっ 「さ、さあ・・・・・な〜んのことかしら・・・」

        撩  「あの野郎・・・覚えてろよ。いつかきっと・・・」 
ボキッ バキッ(←関節を鳴らす音)

        ムツ 「あ、あの、撩ちゃん。くれぐれも、サツジンだけは・・・」

        撩  「大丈夫だ。跡は残さねぇから」

        ムツ 「ひえ〜〜〜っ」