Reason  * Tough *



 

パーン ―――



一発の銃声で男は浅い眠りから目覚めた。


(…夢、…か?)


ボリボリと頭を掻きながら周りを見回す。

ブラインドの隙間から差し込む日差しが、昼までにはまだ時間があるということを告げていた。



パーン、パーン…



再び、微かに銃声が聞こえた。

だが、殺気は全く感じられない。


(地下室だ。…香か)


香が銃の練習をするなんて珍しいこともあるものだ、と一瞬思ったが、

心当たりがないわけでもない。



「やれやれ…」

ため息と共に呟き、シャツを羽織った。

 





 

地下室への階段を降り、射撃場の扉を開けると、思った通りの姿が目に入った。

広い室内にはいくつもの射撃ブースが並ぶ。

その真中のブースで、的に狙いをつけて一心不乱に撃ち続ける香の姿。

撩が来た事にも気づいていないようだ。

「ま〜ったく、飯の支度もしないで何やってんだ?」

全弾を撃ち尽くし、一呼吸置いた彼女に声をかける。

「撩?…起きたんだ」

耳栓代わりの薬莢を抜き取り、香が振り向いた。

その声を聞き、顔を見た瞬間に、撩は自分の予想が確信に変わるのを感じた。

「お前…。昨日の事、まだ気にしてんのか?」

「…」

「ったくよぉ、あんな事いちいち気にしてたら、仕事できねぇぞ」

ニ、三歩 香の方へ近づいて、顔を覗き込む。

黙って俯いていた香がようやく口を開いた。


「…撩には…判んないわよ」

「何だって?」

「撩にはあたしの気持ちなんか判らないって言ってるの!」


そう叫ぶと、香は手にしていた銃をテーブルに叩きつけるように置いた。

 




 

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

 




 

一週間前に冴子から受けた依頼は、思ったより厄介だった。

最後には銃撃戦になり、警察の介入があって、ようやく終わったのだが、

問題は、その銃撃戦の時だ。

相手を威嚇するために香が放った一発の銃弾は狙いを外れて鉄骨に反射し、

ガードすべき人物を掠めたのだ。

撩がその人物の手を素早く引いたので上着の裾を切り裂いただけで済んだが、

そうでなければ、かなりの痛手か致命傷を負っていたのは間違いなかった。

 


香は仕事終え、アパートに着くまで終始無言だった。

そして疲れたから先に寝る、と言ってリビングを後にした。

撩は何も声をかけることができず、黙って見送った。

 




 

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

 




 

射撃場には、何の音もしない。

黙りこんだ二人を、蛍光灯が青白く浮かび上がらせている。

恐ろしいほどの静寂を先に破ったのは香だった。


「…ごめん」

「ん?」

「撩に八つ当たりだ。あたし」


テーブルに置いた銃を取上げ、空薬莢を抜き取る。

新たな弾丸を装填しながら香はため息をついた。


「練習しても、ちっとも上手くなりゃしない。自分が嫌になっちゃうよ。

あたしの銃の腕が下手くそだから、撩にも迷惑かけちゃうし…」


(…やれやれ。そんなこったろうと思ったよ)


恐らく香は、練習しながら自己嫌悪に陥っていたのだろう。

「迷惑なんて掛けられてやいないさ」

それに、と続けて撩は言った。

「オレはお前にはできれば銃なんて握らせたくない。上手くなんてならなくていい」

撩はシリンダーを掴んで香の指を一本ずつ離すと、銃をテーブルの上に置いた。

そんな撩の動作を、スローモーションを見ているように香は見ていた。

右の手の平を開くと、指先が強張って、微かに震えているのに気づく。

自分でも知らないうちに力が入っていたのだ。

「…撩。ありがと」

撩の気持ちは痛いほどよくわかる。だが、今の香にはそれが辛かった。

「でも、ね。ちょっとは腕が上がらないと、昨日のようなことがまた起きないとも限らないし…。それに…」

香は顔を上げて、撩の眼を見た。

「せめて…。せめて的にはまともに当たるようになりたいの。どうしても!」

撩の腕を握りながら、半ば叫ぶように続ける。

「香…?」

「そうじゃないと、あたし…撩を守れないもの!」

撩は、一瞬呆気に取られて何も言えなかった。


(オレを? 守るって?…香、が?)


普通ならここで言うセリフは、“自分の身くらい自分で守る”、だろう。

それが、よりによって、裏の世界NO.1の男を守りたいだなんて…。


(まったく…。コイツらしいぜ)


抑えようとしても、歪んだ口から くっくっ と笑いが漏れる。

「な、何が可笑しいのよ」

いつまでも笑いを止めない男を、香が睨みつける。

「…いや。そういうところが…何とも……お前らしいって思ってな」

喉まで出かかった、いじらしくて可愛い、という言葉を飲み込んだ。

「だって…。あたし、撩に守ってもらってばっかりで…。役に立たないもの。

だから、いざという時は撩を守りたいの。もう、人が死ぬのを見るのは嫌なの!」

香の目尻は少しだけ潤んでいるように見えた。

そして撩は悟った。

昨日の乱射で、弾丸がオレに当たっていたら…、と香は考えたのだと。

 




 

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

 




 

     オレがこの世界から消え失せる―――

     昔のオレにとって、『死』は “日常” だった。

     失うものは何もなかった。

     恐れることなどなかった。

 

     オレが死ぬ。

     もし、現実に、そんなことがあれば

     その時、香はどうするだろう?

     悲しむ、か? それとも清々するか?


     いや。

     それよりも、シティーハンターの片割れが残っているという事実を

     裏の人間が許すはずはないだろう。

     たとえ自分が愛する者を守って死んだとしても

     いずれ誰かに消される運命なのだ。

 

     オレは香に銃を握らせてしまった。

     槇村の形見として渡した時は、ただのモノとして渡したつもりだった。

     だが、それを使うモノにさせてしまったのは、このオレだ。

    

     警官でもない普通の女を、銃がなくてはならないこの世界に

     引きずり込んだのは、このオレだ…。

     だが…。

 

    自分でも判っている。

     香を光の世界に戻すことはできないことを。

     もう、引き返せない。

     共に、この闇の世界で生きると誓ったのだから…。

 



     だから


     オレは


     死ぬわけにはいかない



 




 

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

 




 

「オレは、死なない」



心で思った事をそのまま口にした。


「オレは、死なない。そして、香…。 お前も、だ」


ゆっくりと、噛みしめるように言葉に表す。

自分自身に言い聞かせるかのように。

静かに香の肩を抱き寄せる。

「撩?」

香は戸惑いの色を浮かべて、撩の顔を覗き込んだ。

不安がらせたか、と思い、抱き寄せた腕に力を込める。

「今のオレには、守るべきものがある。だから、死なない」

最後の言葉は、香の耳元で囁いた。

「…撩」

香の力が抜けていくのがわかる。

しばらくして、香の腕が撩の背中にそっと廻りこんだ。

「ありがとう」

小さな呟きが胸に染み渡る。

「何だか、照れるな…」

ボリボリと頭を掻いた。

そんな撩に、クスリと香が笑いかける。

「もう、オレのいない所で練習なんかするな。いいな」

「…うん」

 


僅かに顔を赤らめながら

優しく微笑む香がいた

 



お前がいるから強くなれる


そう思える


こんな“日常”があってもいい…

 




<End>

 

 

    <あとがき>

     誰かのために、そしてそれが愛する人のためであればなおさら、強くなれるっていいですね。

     実はこの作品は、2001年3月にボクシングのSフライ級チャンピオンになった某選手の

     ヒーローインタビューを見て感動してできたブツであります。あの時はもらい泣きしました。

     それまで、ボクシングは見ているだけでこっちが痛くなるような感じで苦手だったのですが、

     それ以降は、結構テレビで観戦するようになりました。



      撩  「へえ、お前でも泣くことってあるんだな」

      ムツ 「ま! 人のことを冷血漢かなにかと思ってんの?私にはちゃんと血が通ってるわよ」

      撩  「悪魔の血?それとも紫色の血だったりして・・・」

      ムツ 「ちゃんと赤い血です!!!」

      撩  「わりい、わりい(笑) 」

      ムツ 「結構、人が泣くところ見たら、こっちもウルッてきちゃうんだよね。涙腺弱ったかな」

      撩  「いやいや、それは俗に言う・・・」

      ムツ 「俗に言う、何かしら・・・ボキバキ」

      撩  「歳・・・・・・いや、冗談冗談。ほら、何とかの目にも涙って・・・」

      ムツ 「鬼ですって〜〜〜〜!!??」

      撩  「(オレは)言ってないって ! あ、お前、角出てるぞ、角がっ! ひぇ〜〜っ」