What is this ?




パチンッ





また刺された。

これで3ヶ所目だよ〜。もうっ 

あ〜だんだん痒くなってきた。

でも、だめだめ。ここで掻いちゃもっと痒くなるんだから。がまんがまん。





パチンッ





もうっ 4ヶ所目だ。

なんでここはこんなに多いのよっ

蚊の奴め、断ってから血を吸ってよねっ

…って、あたし、バカ?

一緒に住んでいるから撩のバカがうつったんじゃないかしら。

ああもうっ 痒〜〜〜〜い!!












カランコロン――





「あら、いらっしゃい。」

「こんにちは、美樹さん。アイスコーヒー頂ける?」

やれやれ、と言いながら香はいつもの席についた。

「お疲れのようね。」

「うん。久しぶりに仕事が入ったから、依頼人と会ってたの。」

「良かったじゃないの。ところで、何日ぶりの仕事かしら?」

香は、うっ と詰まったような声を出して

「…1ヶ月と…9日ぶり…」

と情けない声で言った。

「フン!ようやくツケが払えそうだな。」

「ファルコンったらっ」



あ、あは、あはは…



財布に日照りが続くと、もはや乾いた笑いしか出てこない。

香の前にコトリ、とグラスを置いた美樹が、ふと目をとめた。

「あら、どうしたの?腕から血が出てるわよ。」

「え?どこどこ?」

見回すと、肘のあたりに微かだが血が滲んでいる。

「あ〜。やっちゃった。痒かったから無意識に引っ掻いちゃったんだ。」

「虫刺され?」

「そうなのよ。新宿公園で待ち合わせしてたら、こんなになっちゃった。」

腕だけで何箇所も赤く腫れあがっている。

あらら…  と、美樹が同情の声をあげた。

「薬あるけど、塗っていく?」

「ありがとう。でも、家にもあるから大丈夫よ。それにしても…  う〜っ 痒い〜〜っ」

掻くのを我慢して、両手の指を強張らせている。

そんな香の様子をふふふっと笑いながら見ていた美樹が言った。

「で? 依頼は受けられそうなの?」

「う〜ん。内容自体はお爺さんの護衛だからたいしたことないんだけど、依頼人がねぇ…。」

「男か。」

「そうなのよ。さすが、海坊主さん。でも、うちだって死活問題なのよ。

今度という今度は、絶対に依頼を受けさせるわ!!」

香は一気にコーヒーを飲み干すと、颯爽とアパートへと戻っていった。








パタパタパタ…




スリッパの音がする。

香が帰ってきたのか?

相変わらず、慌しい奴だなぁ…





「撩?いるの?」





ん〜っと伸びをしながらソファーから顔を上げると、

走ったためか、香が紅潮させた顔で部屋へ入ってきた。





「依頼があったわよ。今回は何としても受けてもらうからね。」





ふ〜ん、珍しい。

でも、お前がそう言うときは、絶対モッコリちゃん以外からの依頼なんだよな。

ま、一月以上も仕事らしい仕事がなかったから、今回はしょうがないけどよ。

ん? んん?  ・・・・なんだ? 

ま・さ・か・・・






近づいてきた香の腕を掴んで、ぐいっと引き寄せる。

「きゃっ」

勢いで香がソファーで寝転がるオレの上に倒れてきた。

起き上がろうともがくのを、腰に腕を回して押えこむ。

「お前、これは何なんだ?」

憮然とした表情で、首の赤い印を指で突付く。

「え?これ?」

香は突付かれた場所を見遣ると、一気に顔を赤らめた。

「こ、これはさっき、依頼人と待ち合わせしてて……目立つ?」

「依頼人!? もしかして、男か?」

「そうだけど…。どうかした?」





…………ゆ、許さねえ!!





「依頼は受けない! 断れ!!」

「ええ?!」





嫌がるだろうとは思っていたけど、こんなに怒りだすとは思ってなかったわ。

撩ったら、本気で怒っているみたい。

……へんね。おかしいわ。





「どうしてよ。 今、うちがどんな財政状態か判ってんの?」

「判ってるよ。そんな事より、お前…ここ!」

首の虫刺されを指で触られ、香はぴくん、と体を震わせた。

今まで掻くのを我慢していたのだから、堪ったものじゃない。

「やだっ 触んないでよ。」

慌てて掌で隠すように押えると、撩はなんだか興奮しながらまくし立てる。

「おい、何で! どうしてこんなことになったんだ?え?」

「え、だって…油断してたら吸われちゃって…」

「吸われただってぇ? 香! どうしてお前は、そう隙だらけなんだよ!!」

「だって、しょうがないでしょ?いちいち断ってからするものじゃないし。」

「な、なに〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」





わなわなと震え出す撩。

…絶対おかしいわよ。暑さのせいかしら…。





「何をそんなに怒ってるのよ。」

「怒ってなんかいない!」

「怒ってるわよ。何なのよ、いったい。」

「煩い!断らなかったらやってもいいっていうのか?」

「何を言ってるの?」

「初対面の男にキスされて平気な顔をしているお前もお前だ!」

「…は? キ・ス?」





えええ??





プ―――ッ…

りょ、撩ったら、何勘違いしてるのよ。

ひ〜〜〜っ 可笑しすぎる! く、苦しいっ!!





「なに、笑ってんだよっ」

「だって、だって、撩。これ、虫に刺されただけよ。」

「な、何? 虫、刺され?」

「そうよ。公園で刺されたの。ここだけじゃなくって、ほら、ここも。…ここもよ。」

赤く腫れた腕を示すと、撩は呆然として口を半開きにしている。





く、くくく……撩ったら…

これを、これを…キスマークだと思うなんて!!





「悪かったな。そう、見えたんだよ。…ったく、紛らわしい。」

撩は、ふーっと大きくため息をついて頭を掻いた。

「あたしが依頼人にそんなこと、させるわけないでしょ?」

「それもそうだな。どうかしてた。」

口の端をわずかに上げて自嘲気味に笑う。





あ、この笑い顔、好きかも…

え、やだ、ちょっと…こんなに近くで顔を見るなんて…

なんだか急に、この体勢が恥かしくなってきちゃったじゃない。





「ちょっと、離して。薬塗らなきゃ。」

顔が赤くなってきたのが、自分でもはっきり判るほどだ。

撩から目を逸らすと、腕をついて起き上がろうとした。



「待てよ。」



離れかけた体が引き戻され、首に熱くて柔らかいものが降りてきた。

目の前が真っ白になって、眩暈がするほど強く押し当てられる。





あっ…





強く吸い付いたあとを舌でなぞるように舐められる。

ゾクリとするような感覚が背中を走りぬけた。

「な、何するの・・」

「心配させた罰だ。これで本当のキスマークになったな。」

顔を上げてニヤリと笑う。

「他にも刺されたんだろ?見せてみろよ。」

「え?…あ、や…」

慌てふためいてもがくと、

「ば〜か、冗談だよ。」 と笑って、トンッ と体を離された。

からかわれたことにようやく気付き、赤い顔が尚更赤くなってきた。



この男は、あたしの反応を見て楽しんでいる!悔し〜い!



「もう、知らない!!」





絶対!絶対!依頼は受けさせるわ!!!

今回という今回は、あたしは手伝わない。

お爺さんの護衛、どうぞ一人でやって貰おうじゃないの。

嫌とは言わせないから。





<End>


       

       <あとがき>

       ムツ 「おいおい、虫刺されとキスマーク、普通間違えるか?」

       撩  「しょうがないだろ?そう見えたんだからよ。」

       ムツ 「や〜らしいことばっか考えてるから、そう見えるんじゃない?」

       撩  「だってよ、オレ、本能だけで生きてるから。(エヘン)」

       ムツ 「威張るんじゃないよ。 ボカッ!」

       撩  「いって〜〜っ」