alone





ゲゲッ!

なんでこんなに高いんだ?? 予算オーバーなんてもんじゃないぞ。

国産和牛ってこんなにするのかよ。

こんなもん、どこのウシだっていいじゃねぇか。

黒部だろうが、三田だろうが、オージーだろうが、腹に入っちまえば

味なんかわかんねぇって。

って、こんなところで怒ったって半額になんかならないだろうしな。



……くそっ。

これじゃぁ、分厚いステーキなんて夢のまた夢……だな。






じーっとその場に佇む事三分。

手にした高級ステーキ肉3枚入りのパックを、後ろ髪引かれつつも棚に戻したところで、

ポンッと誰かに肩を叩かれた。



「あ〜ら、こんなところで珍しい」



ぎ・ぎくぅっっっ



人間誰しも後ろめたいことがあると意識しなくても態度に出るっていうが、その時のオレは

油の切れた老いぼれロボットのような、ぎくしゃくとした動きで振り返るしかなかった。

そこにはオレの予想通り、この界隈じゃピカ一の笑顔があった。



「や、やあ、美樹ちゃん。こ〜んなところで会えるなんてボクちゃん嬉しいっ!」



抱きつこうとした横っ腹に思い切り肘鉄が入った。



「うっ……お・み・ご・と……っ」

「冴羽さんったら。ふざけている場合じゃないんじゃな〜い?お忙しいんでしょ?」



あのタコ坊主の横に美樹ちゃんがいるというのが未だに許せんオレ様としては、

ここでこうして思いがけず、そして邪魔する奴もなく二人っきりで美女と会えるというのは

本当に美味しい状況のはずだった。

なのに、彼女の綺麗な含み笑いの裏に隠された事実に気が付いて

思わず顔が引き攣った。



「それは…どういう…」

「香さんから聞いたわよ。あなた今、
主夫 なんですってね」

「あ…あのやろう……いらんことまで……」

「てっきり花柄のエプロンでもして買物してるんだろうと思って見にきたのよ」

「んなもんするかっ」

「残念ねえ」



そういって微笑む美樹ちゃんの手には、しっかりとカメラが握られている。

おいおい……そんな姿を写された日にゃぁ、表を歩けなくなるじゃねぇか。

くそっ それもこれも、みーんな香が悪い!

ちょっとばかり夜遊びが過ぎたぐらいなんだってんだ。

ツケを溜め込んだからなんだってんだ。

それこそオトコの甲斐性ってもんだろう?違うか?

……って言ったらボコボコにされたんだよな。

罰だとか何とか抜かしやがって、
(遊びで)忙しいオレにこんなことまでやらせやがって。

なけなしのプライドがズタズタだっちゅうの。

これはいっちょ、香の高い高―い鼻をあかしてやらないと気がすまん。



「なぁ、美樹ちゃん。今暇?」

「な、なによ。その猫撫で声はっ」

「可哀想なボクちゃんのお願い聞いてくれないかなぁ」

「き…気持ち悪いからやめて」

「じゃあ、この通り!」



オレは顔の前で両手を合わせてお願いポーズを取った。

周りの奥さん連中がクスクス笑っている声も聞こえるが、そんなもん構わない。

なんならここで土下座だってしてやるさ。










夜中まで続いた喧嘩と暴行
(おしおき)の果てに、少しはあたしの苦労を思い知れ、と言って

『一週間三千円で全ての家事をこなせ』

と命令されたのはいいが、あのスーパーでは到底ムリだ。

一日分、いや下手すりゃ一食分のメシ代で消えるだろ?

ただでさえオレは育ち盛りなんだ。
(特にアソコが)

節食なんかしようものなら、使い物にならなくなっちまう。それは命よりも大事な問題だ。

が、ここで引き下がるのもオトコが廃るってもんさ。

一週間三千円でもこれだけのもんが食えるんだぞ、というところを示してやりたい。

そうすれば、香も懐が暖まって大喜びだ。そんで、



『私の努力がたりなかったのね。ごめんなさい、撩』
(注:ハートマーク付)



…ってな具合に謝ってくる。

それでオレ様は夜遊び禁止令も解けて、晴れて自由の身っていうワケだ。

もう文句は言わせない。

はははっ  どうだ、参ったか。






「一週間三千円だなんて、香さんも結構無茶なこと言うわね」

「美樹ちゃんもそう思うだろ?」

「そうね。二人とも人並以上に食べるものね。ふふっ」

「まあな。確かに質より量ってところだな」

「だから卸し市場に連れて行けって言ったのね」

「ああ。ここならどこへ行っても美樹ちゃんの顔で安くたくさん買えるからさ。サンキュ」

「つきあいのある店ばかりだから構わないわ。それに、冴羽家に節約して貰えれば、

ツケも早く回収できるってことになるだろうし。だけど……」

「けど……なんだよ」

「香さん、喜ぶかしら」

「あったり前だろ。予算内で買物を済ませる。メシはオレが作る。

 掃除も洗濯もしょーがないけどオレがやる。

 これであいつが喜ばないわけないだろ?」

「そう…よね。ごめん、ちょっと考えすぎちゃっただけ。気にしないで」



美樹ちゃんはまだ何か言いたそうだったが、その時オレの頭の中には、

いかに安く買物をするか、しかなかった。

オレたちは買物の続きに精を出し、気が付いたときには辺りは既に暗くなりかけていた。

『いつまで買物してるんだ!』

と雷が落ちそうで慌ててアパートへ帰ったが、部屋は真っ暗だった。

と、キッチンのテーブルの上に 『ビラ配りしてくる!』 と殴り書きのメモが。



な〜んだ、あいつまだ帰ってないのか。

しかしまあ、この寒いのにご苦労なことで。



オレは買物してきた材料を冷蔵庫へブチこみ、美樹ちゃんと相談しながら作った

一週間の献立表をポケットから取り出した。野菜を中心として肉や魚が日替わりで

登場するバランスの取れた献立は、残った材料をかき集めた寄せ鍋で最終日を

締めくくるという誰が見ても完璧なものだ。



ふん!絶対に謝らせてやる!



鼻息も荒く献立表をマグネットで貼り付け、さっそく料理に取り掛かった。






しかし、その日、夜中になっても香は帰ってこなかった。

心当たりの場所へ念のため連絡を入れてみたが、皆知らないと言う。

今の所、街中には不穏な動きはないからそういう心配はないが、普段はこういうことが

ないだけに、余計なことまであれこれ考えてしまう。

意味もなく無駄に部屋の中を歩き回っている自分に気がついて自嘲した。



ばっかみてぇだ。

あいつだって、いい大人だ。

きっとどこかでストレス発散してるんだろ。



そう思ってソファに座って待つことにしたが、慣れない家事で疲れたのかいつの間にか

うとうととしていたらしい。

玄関の扉が開く音に気付いて廊下へ出てみると、へべれけに酔っ払った香がいた。



「おまえなぁ、今何時だと思ってるんだ」

「もぉ〜〜っ、うるさいなぁ。どこへ行こうとあたしの勝手でしょぉ?」

「発信機まで外しやがってよ。いったい何考えてんだ?」

「あたしだって、思いっきり遊びたい時があんのよ。文句あんの?」



オレに人さし指を突きつけて怒っている香は、目の焦点が合っていない。

しかし、目元がほんのり赤く染まっているところなんか………。

いかんいかん。何考えているんだ、オレは。



「いいから、早く入れ。この酔っ払いめ。ああっ、そんな所で寝るな!」



腕を引っ張り上げてフラフラの香をようやく立たせると、有無を言わせず部屋に

押し込んだ。香は服のままベッドに潜り込んでしまった。

床に投げ出された上着を拾い上げると、酒の匂いと一緒に誰かの煙草の移り香がした。



ちっ……



「人がせっかくメシ作ってやったのによぉ」



オレの呟きに返事はなく、しばらくして静かな寝息が聞こえ始めた。








◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇








結局のところ、一週間後に

『ごめん』

と言ったのはオレの方だった。






あれから香は毎日毎日午前様で帰宅したのだ。

オレの苦心の作は翌日のブランチに成り下がり、

出来たてじゃないと美味くねぇだろ、 というオレの小言は睨みとともに一蹴された。

オレの代わりに遊び歩く香が何を考えているのか、さっぱりわからなかったが、

有無を言わせない気迫に押されたのか知らんが、何も言えなかった。

とりあえずオレは命令された通りに家事をこなせば、自由を手に入れられる。

そう、思ったんだ。

そして、どうしてあいつがこんなことをしたのか、そのワケにようやく気がついたのは、

情けないことに一週間という約束が明日で終わる、という日だった。






目の前の空席を見ながら一人で摂る食事。

必死で考えた献立も、何の役にも立ちゃしない。

掃除をしてもしても自然と汚れていく部屋。

それに溜息つきながら、また同じ事を繰り返すオレ。

玄関が開くのを待ちながら過ごす、虚しく長い長い時間。

誰にも邪魔されずにエロ本を捲っても、ちっともモッコリしねぇ。





この部屋って、こんなに静かだったっけ?

表を走るバイクの音が、やけにデカく聞こえるじゃねぇか。

それに、この時計壊れてんじゃねえか?

さっきからちっとも進みやしない。



ああ、そうか。



オレ

香をこの世界に置いていたんだ。


たったひとりで。












「だから、言ったじゃないの」

いつものコーヒーを入れながら、半ば呆れ口調で美樹ちゃんは言った。

「香さんの気持ちがわかったでしょ?これに懲りて、少しは夜遊びを控えることね」

「う〜〜〜〜……」

ガシガシとスプーンを掻き回して、いつもより甘い液体を啜る。

「でもよぉ、何か納得いかねぇんだよな」

「何が?」

「あんなムリな家事を押し付けなくっても、ひとこと言やぁ済むことじゃねぇか」

「それを冴羽さんが黙って聞くわけないでしょ?」

「うっ… それを言われると……」



こういうツッコミは、私生活をよく知られているからこそなのだが、

誤魔化しようの無い事実だけに ぐっさり胸に刺さる。

オレは隣で皿を磨いているタコ坊主に視線だけで助けを求めた。

なのに、奴の口からは、

「一週間三千円というのは、いつも香がやっていることだ」

なんて言葉が。

「……マジ?」

「ああ」

「信じらんねぇ。オレだって苦労してやっとだったっていうのに」

「香はもっと苦労してるってことだ。誰かさんの所為で」

「………」

「冴羽さん、完敗、ね」



くそ〜〜〜〜っ



「今日で、約束の一週間なんでしょ?」

「ああ」

「じゃぁ、早く帰ってご飯の支度でもしたら?」

「どーせ作ったってあいつは帰ってこねぇよ」

「さあ。どうかしら?」

美樹ちゃんは意味深に微笑んでみせる。

もしかしたら 今夜は香さん出かけないかもよ?」

「そうだな。
偶然 用ができるかもしれんしな」

「……」






ああ、そうですか、そうですか。

どうしてまわりの連中は、オレの知らない事を知っているんでしょうかね。

全くイヤになるぜ。



オレはおせっかいな連中に背を向け、店を出て歩き出した。

途端に木枯らしが吹き抜けた。店との温度差に思わず身震いする。

しかし、今夜は鍋だ。

機嫌取りにポケットマネーで日本酒でも買っていくとするか。

あいつは驚くだろうか。

エプロンでもしたら笑ってくれるだろうか。

そんなことを考えるだけで、あの部屋に帰るのは少しも苦じゃなくなった。

オレたちの部屋に。



<End>


 


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






   <あとがき>

   キリ番 46000を踏んでくださった 遊月透華さまからのリクエストは、

   『リョウの家事』 でした。大変お待たせしましてごめんなさい。(大汗)



   ところで、またしても鍋の季節ですね。私は週に一度は鍋料理にしています。

   何故って、寒いから。

   というのは大義名分で、簡単で、残り物でできて、洗い物が少なく済むから。(笑)

   いい季節だ。



    ムツ 「いいご近所さんに恵まれたことで」

    撩  「あの界隈にはプライバシーという言葉がないようだぞ」

    ムツ 「プ、プライバシー……ぷぷっ」

    撩  「おい、何笑ってんだよ!」

    ムツ 「んなもの、覗かなくったって丸見えじゃん。スピーカーもついてるし」

    撩  「スピーカー?」

    ムツ 「そ。特大の歩くスピーカー」

    撩  「う〜〜〜〜っ 筒抜けかよ」

    ムツ 「そういうことさ。諦めなさいよ」

    撩  「くそっ あいつら、オレをおもちゃだと思っているんじゃないか?」

    ムツ 「あたいもそう思ってる」

    撩  「ナニ?!」

    ムツ 「頑丈で叩いても潰しても壊れないのv」

    撩  「てめぇ! いい加減にしろよっ」