BI・KO・U






あっつぅ……




ジリジリと焦げるような直射日光を避けながら歩くのにも、限度ってもんがある。

アスファルトの照り返しがさらに体感温度を上げる8月。

その日も、長引いた梅雨が、も一回来ねぇかなって思うほどの蒸し暑さだった。

これだから日本の夏は、好きになれねぇんだよ。




前を歩く若い姉ちゃんから、爽やかなフルーツ系の匂いがオレの鼻腔を擽る。

短すぎるスカートと開きすぎの背中を見ていると、オンナはほんと、羨ましい。

それに比べ、オトコってのは、なんて暑っ苦しい格好で働いているんだろうなと正直思う。

このオレだって、こんな日に外なんか出歩きたくはない。

こんな風に、Tシャツ一枚でいれば幾分涼しいはずだが、そうも言ってられないんだろうな。

さっき、急ぎ足でオレを追い抜いていったサラリーマンは、上下ともスーツだぜ、スーツ。

それも取り引き先と商談中だからだろうか、笑顔で、だ。

きっとあのスーツの下は汗だくで、爽やかどころかくっせぇ匂いがするんだろうな。

まいったね。呆れるっつーか、ソンケーだな。

ああくそっ 日陰が恋しいぜ。




遥か前方をちょこちょこと動く頭がファーストフードに立ち寄ったのを確認し、

オレはすぐ向いの喫茶店に入った。

窓際の席に腰を降ろして涼しいクーラーの風にあたると、つかの間、生き返った気がする。

ウェイトレスが、水とお絞りをテーブルに置いて去って行った。

アメリカには、こういうタオルを出すというサービスは無い。日本独自の文化なんだろう。

けど、顔中拭いて気持ちよさそうにしている周りのオヤジを見てるとこう・・・

腕がむずむずする。ついつい、誘惑に落ちそうになるが、


“それをやっちゃお終いだろ”


と、オレの中の何かが必死で阻止している。

確かにな。

だから、こうして氷の入ったコップを額に当てるだけで我慢しているんだ。




通りの向こうでは、香が依頼人の娘と仲良く談笑しながらシェイクを飲んでいる。

オレの視線は二人を通り過ぎ、店の隅で新聞を読んでいる男に向った。

依頼人の家からずっと、二人を尾行している男。

このオフィス街でアロハ着るなんてな、見つけてくれって言ってるようなもんだ。

新聞読んでいるフリしているが、きっとあれにもお決まりの覗き穴が開いているんだろう。



っかぁ〜〜〜っ!!



あまりにもド素人で、泣けてくるぜ。

んな雑魚を、天下のシティーハンターに尾けさせるなってんだ。

ま、あんな可愛い娘に煩いストーカーがいちゃ、あの親父も黙ってられないんだろーな。

それは判るがしかし・・・・・・。



ん?



オレはアロハ男の後方から近づいてきた妙な男に目を留めた。

すばやく視線を走らせ、窓際の二人に気づくと、口端だけで薄く笑った。

奴の右手が膨らんだポケットに伸びる。



クッソ・・・!



グラスが倒れた音を背中で聞きながら、オレは店を飛び出した。






◆◇◆◇◆◇◆








「・・・・・・で?」



氷のように冷たい視線と声が、オレの心臓にグサリと刺さる。



「いや、だから・・・その・・・か、香ちゃ〜ん」



肩に手を置いた瞬間、バシンッと叩き落とされた。

こりゃ、かなりお怒りのご様子。鼻孔が膨らんでいる。



「あたしが働いている間、あんたはいったい何をしてたのよっ!」

「いや〜〜〜、さすがは香ちゃん。もう、一人で大丈夫なんだね〜なんてね。あ、ははは・・」



ボゴッ!



軽いアッパーがオレを襲う。

あのアロハ男は、オレがちょいと立ち回っている間に、香にとっ捕まえられて

警察に連れて行かれた。ま、あの程度の男じゃ、楽勝ものだったろう。



「一人でやるしかなかったじゃない!いったい何処へ行ってたのよ!」

「何処って・・・・・ちょっとしたアクシデントが・・・」

「アクシデントって、一般人と喧嘩するってこと?!慰謝料請求されたら、どーすんのよ!」



香にしてみりゃ、善良なる都民に手を出したってことなんだろーな。

慰謝料? ふん! んなもん、あいつが請求するとは思えない。

店の外に引きずり出して、ボコボコにしてやった。おそらく、肋骨の1本や2本はイッてるだろう。



「あんたね〜! 喧嘩するにも限度ってもんがあるでしょーが!」



はい、ごもっとも。

だけどな。

あいつがその筋じゃ知られている、AVのスカウトマンだなんて、お前は知らないだろ。

つか、言えねぇけどな。んなこと言おうもんなら、


『どこでそんな情報仕入れたんだ〜!』


って怒り倍増になるのは判ってるからな。

それこそ、やぶ蛇ってもんだ。

ヤツの握っていたデジカメには、お前の盗撮写真がいっぱいあったんだぞ。

あのスケベ野郎。ふざけたことしやがって。

きっと頭ん中じゃ、どうやってお前を裸に剥いてやろうかって考えていたに決まってる。

あんなポーズで撮ってやろうとか、こんな風に喘がせてみたいとか、あの赤い舌で・・・・。









うっ・・・・・・ま、まずい。




「このバカ! こんな時に、なにモッコリさせてんのよ!変態!」



バシッ!



真っ赤になった香がオレの腕をパンチする。

途端にふわりと石鹸の微香が漂った。



・・・・・・ダメだ。もう限界。



ぎゃぁぎゃぁ喚くオンナを黙らせるにはこれが一番。

ってことで、その柔らかな唇を塞ぐことにする。



これがオレの暑い一日の仕上げってことで。

邪魔すんなよ。





                                      <End>








 <あとがき>


   まったく季節感を無視したブツでスミマセン。

   8?8月??  そんな暑い日もあったのねぇ〜〜(遠い目) 

   なんて過ぎた日を振り返っていますが、今、私の部屋の外は猛吹雪です(汗)

   書きかけで止まってしまってたんですよね。は・・・ははっ・・・ごめんなさい。m(_ _)m



   62000のキリ番を踏んでくださった、あおさまからのリクは、『ビコウ』。

   “どんな漢字に変換してくださっても結構です。原作以上で” ということでした。

   今回は、「鼻腔」「尾行」「鼻孔」「微香」、いくつか使わせていただきました。

   あおさま、リクの納品がこんなにこんなに遅くなってごめんなさい。

   そして、ありがとうございました!



          ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



   ムツ   「あ〜〜、久しぶりの更新。嬉し〜〜い」
 
   撩    「・・・・・・てめぇ。よくもまあ、んな悠長なこと、言ってられんなぁ」

   ムツ   「あんた、何を怒ってんのよ」

   撩    「お前がなぁ、こんなにサボっていたら、オレもすっかり錆びついちまうだろーが」

   ムツ   「錆びるってどこが?」

   撩    「あっちに決まってんだろー!」

   ムツ   「それはそれは、ご愁傷様。・・ぷぷっ」

   撩    「・・・ぶっ殺す」

   ムツ   「まあまあ、落ち着きなさいよ。その分、ちゃんとお詫びするからさ」

   撩    「当然だ」

   ムツ   「それで? 錆びたあんたは使い物にならんかったのかい?」

   撩    「んなワケねーだろ。つか、お前、オンナ捨ててんな」

   ムツ   「ま! シツレーな!あたしは親として、あんたたち二人を心配してだね・・・」

   撩    「余計なお世話だ。それに、誰が親だって?あん?」

   ムツ   「あたしに決まってんじゃないのさ」

   撩    「んじゃ、お前のこと、これからババァって呼ぶぞ」

   ムツ   「き〜〜〜〜っ かわいくないわね!」

  撩&ムツ 「「ふん!」」