備えあれば憂いなし







過去の過ちを蒸し返すことは、不毛なことと判っているけど。

妖しい店のライターを背広のポケットから見つけて、詰め寄る奥さんみたいだけど。

やっぱり無性に腹が立つ。

いい加減、あたしの堪忍袋の尾も千切れてズタズタよ。




目の前で、「怒られてしょげている姿」 を演じている男を睨みつけた。

これみよがしにソファの上で正座なんかしている撩の顔。

憎ったらし〜〜〜いっ

あれは  絶っ ・ 対っ  に反省なんかしていないって顔よ。

心の中でベロ出しているに違いないわ。

なんだかんだと言い逃れして、今回も無罪放免だと思っているのね。

いいわよいいわよ。そんな顔してられるのも今のうち。

あたしが切り札を出しても、同じ顔していられるかしら?






「それで?」






ああ、やだやだ。

言葉に刺があるどころじゃないわね。

これが癖になったらどうしてくれよう。






「いや、その、何と言うか、魔がさしたというか……」






ふ――――――――……ん。

魔が、ねぇ。






「その言い訳は聞き飽きたわ。これで何回目だと思ってるの」






普段のあたしならとっくの昔に怒鳴りつけていて、

ついでにハンマーを振り回したりするところだけど、

今日のあたしはちょっと違う。

見よ、この怖いくらい落ち着いた態度。冷ややかな眼差し。低い声!

ほーら、撩のヤツ、どうも雲行きが怪しいと思ってチラチラと窺っている。

よし、もう一息。






「あんたの無駄遣いのせいで、家計は火の車だって、言ったでしょ」

「はぁ」

「もうね、人間として最低限の、超ギリギリの生活してるのよ。

 こんな状態が続くようなら、餓死よ、餓死。それでもいいの?」

「うっ……それは……嫌で……す」

「じゃあ、何をしたらいいか、判ってるわよね」

「……さ、さあ……」






ふんだ。しらばっくれちゃって。

さあ、これでどうだ!






カチッ…






『……ああ、何度でも言ってやるよ。男に二言はないってさっきから言ってるだろ!

 今度やったら炊事洗濯家事一切合切、ついでにビラ配りでもキャッツの店員でも

 何でもやってやる!文句あっか?!』
 






「お、お前、なんでそんなもの……」






あ〜〜〜っ、スッとする!

さっきの撩の、顎が外れるような驚いた顔。 

ぷぷっ

これを録音したときから、念入りに計画を立てていたのよねー。

苦労のしがいがあったってもの。






「やってもらいますからね。全部」

「や……それは……」

「男に二言はないんでしょ?」

「そりゃそうだけど、それ全部やったら死ぬって」

「そんなことくらいで死ぬわけないでしょ!

 少しは真面目に労働して、あんたの無駄に有り余ってる体力を消費したら?」

「………」

「ということで、明日から三日間、よろしくね」






ほーっほっほっほっ

決まったわ。






ニヤリ






なに、今の笑いは。






「明日から、な」






……え?






「っつーことは、だ。今夜はオレの好きにしていいんだな」






…………し、しまった〜〜〜っ






反論する間もなく、バタン、と音を立てて閉まった扉。

まったくもう、こういう時の逃げ足だけは速いんだからっ!

人の揚げ足とることばかり覚えて!あのアホ!






だけどねえ、撩。

今回ばかりは詰めが甘いんじゃない?



くくく……ほ〜ら、聞こえてきた。






「おいっ! 離せって!」

「大人しくしろ」

「てめぇ、このタコ坊主! いい加減にしろ!!」

「フン!」






ドカッ






「おい、香。約束どおり貰っていくぞ」






はいはい。熨斗つけて差し上げますわ。






「おい、なんだよ。その約束ってのはよっ」

「何だ、聞いてないのか? お前がタダ働きしてツケを払うって約束になっている」

「そ、それは明日からの話だろ?まだ三時間もあるじゃねぇか!」

「残念だな。 俺には時計は読めん」

「てめえ! こんな時だけっ……い、いてええっっっ!!」

「海坊主さん、死なない程度にこき使ってやってね」

「ああ。わかってる」






これに懲りてくれれば少しは助かるんだけどな。

無理……か。




次第に遠ざかっていく叫び声を聞きながら、あたしは溜息をひとつついた。






<End>








<あとがき>

   キリ番 50000を踏んでくださった ふさふささまからのリクエストは、 

   『ギリギリな二人』 でした。

   えーーーー?? 何がギリギリなの???

   という声が聞こえてきそうですが、香にとっては生活がギリギリ。我慢もギリギリ。

   そして撩ちんは死ぬギリギリまで働かされる、ということで (く、苦しいっ)

   ふさふささま。リクを頂いたのは遥か昔の話でもう忘れているかもしれませんが・・・(汗)

   遅くなってごめんなさーい。m( _ _ )m






    ムツ 「おや、お帰り。奉公は終わったのかい?」

    撩  「マジ、死ぬって」

    ムツ 「はいはい、ご苦労さま」

    撩  「香のやつ、何かコソコソしてると思ったら・・・・・・くそっ」

    ムツ 「ま、自業自得ってやつだね。くくく・・・」

    撩  「おい・・・・・・まさかとは思うが、お前が入れ知恵したんじゃ・・・・・・・・」

    ムツ 「ピュ〜ルルルル・・・・・・・」

    撩  「って、口笛なんか吹くな!」

    ムツ 「じゃっ!」   
ダッシュ

    撩  「じゃ、じゃねぇっ! おい! コラ! 待て〜〜!!」