In Secret





それは、いつものようにいつもの喫茶店で

いつものメンバーで世間話に興じていた時の事――――





「香さん、エステに行った事ありますか?」





バイトのかすみちゃんからそう言われたあたしは、笑いながらないわよ、と答えた。



「え〜〜〜っ?! そんなに肌が綺麗だから、てっきり通っているのだと思いました」

「んなお金、うちにあるわけないじゃない」



金食い虫のあいつがいるせいで、そんな余裕は我が家にはない。

いつだったか、エステのテレビCMを見て行ってみたいと呟いたら、露骨にイヤ〜〜な

顔をされたのだ。行ったところで無駄だからやめておけって言いながら、あたしのことを

尻がデカイだの、胸が抉れているだの、好き勝手言う。

あたしだって、お金さえかければそんなこと言わせないくらい綺麗になれるんだからね!



「でも、香さんだったら、磨けばもっともっと綺麗になるのに、勿体無いなぁ」

「そんなワケないって(苦笑) そりゃあ、あたしだって、一度は行ってみたいと思うけどね」

「じゃぁ、わたしと一緒に行ってみませんか?」

「かすみちゃんと?」

「実は、知り合いが韓国エステの店をオープンしたので……」

「韓国……エステ?」

「ええ。今ならオープン価格で半額なんですよ」



半額……!!

この魅惑的な言葉につられて、あたしは思いっきり頷いてしまった。








そして、翌日の土曜日。

撩の奴にエステに行くなんて言おうものなら

「やめとけ、金をドブに捨てる気か?」とか、

「無駄使いする金があるなら、オレに寄越せ」とか絶対言い出すに決まっている。

一回だけじゃ効果はないと思うし、かえって言っちゃったら 「ほら、見たことか」

ってバカにされるのはシャクに触るじゃない?

だから、あたしは内緒で出かけることにした。



かすみちゃんとキャッツで待ち合わせして、新宿駅東口近くのその店へ向かう。

別に悪いことをしている訳じゃないんだけど、撩に内緒っていうのがあたしを後ろめたく

させるのかもしれない。いつの間にか逃げるように小走りになっていて、かすみちゃんに

笑われてしまった。






「結構、混んでるわね」

「そうですねぇ。でも、ちゃんと予約入れといたから待たされないと思いますよ」

「さすが、かすみちゃん。抜かりは無いわね」



オープンしたばかりのお店は沢山の人で賑わっていた。若い女の子達ばかりだとちょっと

いやだな、と思っていたのだけれど、おばさま達も思いの他たくさんいて、少しほっとした。

いや別に、あたしが若くない、とかそういう意味じゃないんだけどね……






最初は銭湯の要領で身体を洗って、それからぬるめの泡風呂に浸かる。朝鮮人参とか

薬草類が入ったお風呂で、この匂いと成分が身体にいいのかもしれない、と思いながら

息を止めて顔の半分まで埋めてみた。ふふ。

それから、韓国式サウナとよもぎ蒸し。全身の毛穴から汗をたっぷりかいたところで、

手術台みたいな処に寝かされて全身くまなく垢スリされる。仕上げにボディーローションを

たっぷり塗りこまれ、髪の毛にも海藻パックをされた。何だか、初めてのことだらけで

あたしが戸惑っているうちに次から次へとちゃっちゃっと進んでいく。

かすみちゃんが 『超スペシャル 全身コース』  とやらを予約してくれたお陰で、

綺麗なお姉さんがつきっきりで世話してくれる。

お風呂から上がると、足や下半身のマッサージ。

爪の手入れに産毛取りに顔面パックと続く。

さすがにここまでくると、全身コンニャク状態で何の力も入らない。

隣のかすみちゃんをこっそり横目で見ると、やっぱり放心状態だ。もう、お姉さんたちの

なすがままで、まな板の鯉ってこういうことよね、なんてくだらないことを思ったりして。





エステを終えたかすみちゃんを見たあたしは、ひとしきり感心した。

だって、お肌ツルっツル。大げさじゃなくマジで光っているんだもの。若いっていいわよね。

でも、それを言うと香さんも負けてないくらいツルツルですよ、と言われた。

自分で鏡見たってわかんないわよ。そんなにちょくちょく見るものじゃないし、

あたしってあまり化粧もしないしね。



そんなことで午後の時間のほとんどをその店で費やしたあたし達は、足取りも軽く

キャッツへと戻った。





『ただいま〜』





二人で声を揃えて足を踏み入れた店では、美樹さん夫婦とミック夫妻が談笑していた。

撩の姿がないことにほっと胸を撫で下ろす。



「お帰りなさい」

「カオリたち、エステに行ったんだって?」

「今度行くときは私も誘ってよ」



ええ?!

あたしとかすみちゃんは思わず顔を見合わせた。



「美樹さ〜ん、内緒だって言ったじゃないですかぁ」

情けない声でかすみちゃんが叫ぶ。



うわ〜っ もうミック達に知られているんだ。

まさか、撩には……



「大丈夫よ、冴羽さんには言ってないから」

美樹さんがあたしの心を読み取ったように言った。

「よかった〜〜っ あいつに知られたら、金の無駄遣いだって言うに決まってるもの」

「そうかしら?」

「そうよ。だから、みんな、このことは黙っててね。内緒よ」

「別に構わないけど……」

「うっわ〜! もうこんな時間! 帰ってご飯の支度しなくっちゃ。じゃあ、またね」

あたしは慌しく席を立ち、近所のスーパーへと走り出した。








「香さんってほんと、判ってないわね」

「そうだな」

「別に構わないけど……とは言ったけどな」

「バレバレよね」

「フン。アイツが気付かないはずがない」

「速攻よね」

「帰り道だって、通り過ぎる人みんな、香さんを振り返って見てましたよ。 気付いていないの本人だけ」

「普段の三割増し、ってやつ?」

「私、冴羽さんが気付く、に千円」

「俺も」

「私も」

「あたしも」

「……賭けにならんぞ」

「そうかぁ。じゃあ、冴羽さんが怒る、に千円」

「あたしも〜♪」

「おいっ!」

「じゃあ、俺はリョウが喜ぶ、に一万円」

「ええ? どうして喜ぶんですかぁ?」

「ふふん。それが男心ってもんさ。判るかね?」

「そんなの判んなくて結構です(怒)! ほら、私たちも帰るわよ」

「う! カズエ、ネクタイ引っ張るなよ。大人しく帰ってベランダウォッチングするからさ」

『ミック!!』










そんな遣り取りがキャッツで行われていたなんて露知らず。

あたしは呑気に味噌汁なんか作っていた。

知ってたらそんな賭け、絶対に止めさせていたわよ。

っていうか、ほとぼりが冷めるまで絵梨子のとこにでも逃げ込んでいたわね。

あいつを相手に嘘を突き通すってことがどんなに難しいか、ってよ〜く判ったわ。

もう、エステは懲り懲りです。

え? 賭けの結果はどうだったかって?



……内緒です。




<End>






    <あとがき>

    キリ番 30000を踏んでくださった たかさまからのリクエストは、

    『エステ初体験でつるつるかおりちゃん』 でした。お待たせして本当に申し訳ありません。m(_ _)m

    私は、エステは外国でしかやったことがないという人間なので、日本のはよく判りません。

    だから、カオリンにも韓国式でやらせてあげました。

    エステって、一度やったら止められませんよね。ふふ。





     ムツ 「やっぱりバレバレ?」

     撩  「当り前だっつうの。あいつに隠し事なんて無理だって」

     ムツ 「そうだよねえ。カオリンはすぐ顔に出るよね。あ、今回はお肌に出たか」

     撩  「くだらねえことほざいてんじゃねぇよ」
(レベル1)

     ムツ 「随分機嫌悪いじゃん」

     撩  「ほっとけ」
(レベル3)

     ムツ 「わかった! あんた、カオリンがみんなに注目されたのが気に食わないんでしょう」

     撩  「……」
(レベル5)

     ムツ 「図星だぁ! うっひっひ」

     撩  「……」
(レベル7)

     ムツ 「エステって癖になるからねぇ。する毎に綺麗になっていくんだわ、カオリン」

     撩  「……」
(レベル8)

     ムツ 「他の男共が放っておかないねぇ」

     撩  「……」
(レベル9)

     ムツ 「写真なんか撮られたりして……あ、モデルにスカウト、とか?」

     撩  「……」
(レベル10)

     ムツ 「ヘンな男のオカズにされ……」

     
       ブチッ!(何かが切れる音)

     ムツ 「…ひっ」

     撩  
「ぶっ殺す!!」  (怒りレベル∞)