告 白  to Kaori




「あ、来た来た。香!ここよ。」

ここは渋谷にあるシャレたイタリアレストランである。

親友である北原エリ、こと北原絵梨子の冬物新作発表ショーが大好評のうちに終了し、

高校時代の女友人が集まって祝賀会を開こう、という話になったのだ。

「ごめん、待った?」

「おっそ〜い! もうみんなできあがっているわよ。ねえ、高村君。」

「高村君って・・・ええ? た、隆史?」

絵梨子の隣に座ってワイングラスを傾けている一人の男の顔を見て、

香は驚きの声を上げた。

「よお、槇村。久しぶりだな。」

「おっどろいた!卒業以来じゃない。一体どうしたのよ。」

空いていた絵梨子の向かいの席に腰を降ろして、隆史をまじまじと見る。




隆史ったら、いい男になったじゃないのよ。

背も伸びたんじゃないかしら。あの頃はあたしと同じくらいだったのに・・・




隆史の顔は幼さが消え、自分の仕事に自信を持っている大人の男の顔であった。

高校時代、女子よりも男子に混じっている方が多かった香と一番仲が良かったのが

隆史だった。

しかし、九州の大学に進学した隆史とは、香は一度も連絡を取ることはなかったのだ。

「先月、こっちに転勤になったんだ。昨日北原に偶然会って、話を聞いて

飛び入りさせて貰った。」

「へえ、そうなんだ。」

「かおりぃ、そんな話はあとあと。みんな揃ったことだし、絵梨子の成功を祝って、

乾杯しようよ。」

「そうね。それじゃ・・・」

『カンパーイ!』

なんだか初めて会った人のような新鮮さで、香はグラス越しに隆史を見つめた。










人通りが少なくなった新宿の街を、香は隆史と並んで歩いていた。

学生時代の思い出話が尽きず、二次会、そして絵梨子のマンションまで行って

盛り上がり、とうとうこんな時間になってしまったのだ。




あ〜あ、午前様だわ。

いっつも撩のことばかり怒っていたけど、自分でやっちゃうなんて・・・

電話も入れてないけど・・・あいつも今夜は飲みに行くって言ってたから大丈夫、よね。




「・・・村・・・・、おい、槇村! どうした?」

呼びかける声に我に返ると、隆史が心配そうに顔を覗き込んでいた。

「あっ! ごめん。つい、ボーッとしちゃって・・・で、何の話だっけ?」

「槇村の家、この道でよかったのか?って聞いたんだよ。」

改めて周りを見回すと、いつもの見慣れた景色でアパートのすぐ近くだった。




やだっ! あたしったら、折角送ってくれているのに余計なことばっかり考えて。

悪いことしちゃったわ。隆史の家とは方角が違うのに遠回りさせちゃったし・・・




「あそこのボロアパートが家なのよ。ごめんね、隆史。遠回りさせちゃって。

今日も仕事なんでしょ? あんまり眠る時間なさそうだけど、大丈夫?」

心配そうに言う香を見て、隆史はふっと口元に笑みを浮かべた。

「俺は平気だよ。女一人でこんな暗い中、歩いてなんか帰せないよ。

・・・それにしても、変わんないな。槇村のそういう所は。」

「え?」

「いや、さ。卒業してみんな変わっただろ?年くった分しっかり社会人になっているし、

北原みたいに超有名人になったりしてさ。でも、槇村は全然変わってないよ。」

「ちょっと!あたしがまだガキくさいって言うの?失礼しちゃうわね。」

「ち、違うよ。そうじゃない。」

隆史は慌てて否定した。

「槇村は・・・その・・・外見は変わったよ。すごく・・・何と言うか・・・きれいになった。」

急に何を言い出すのだろうと、香は顔を赤らめた。

「だけどさ、中身はあの頃のままで、なんだか安心した。

・・・俺が好きだった頃の槇村のままだ。」

「隆史?!」

香は驚きのあまり、言葉が出なかった。

「ごめん。驚かせたようだけど・・・やっと言えたよ。」

ふーっと大きく息を吐いて隆史は笑った。

「本当は、槇村に会いたくて北原に連絡を取ったんだ。」

「え?」

「大学から今まで、つきあった彼女も何人かいた。

だけど、誰とも本気で恋愛できなかった。

俺たちが高校時代そうだったように、本音で言い合える付き合いがしたかったんだ。

それに気が付いた時、槇村しかいないって思った。だから来たんだ。」

「・・・・・・・」

「気を悪くしたか?」

「そ、そうじゃないけど・・・あたし・・・」

隆史の真剣な目に、香はうろたえた。




急にこんなこと言われても、困るよ。

だって、隆史は隆史だもの。どうやっても友達以上にはなれないよ。

あたしには・・・・・・




「・・・好きな奴が、いるのか?」

「う・・ん」

香は言葉を半分飲み込んだ。

隆史を傷つけるかもしれない。だけど、自分の気持ちはきちんと言いたい。

その想いが交錯していた。

「俺が入る余地は、これっぽっちもないのか?」

「・・・・・ごめん、隆史。」

「いや。いいんだ。今日は自分の気持ちにケリをつけるために来たんだから。

それに、何となくそうなんじゃないかなって思っていたよ。槇村がきれいになったのも、

悔しいけど、そいつがいるから、だろ? 諦めるよ。」

「・・・ごめんね。」

「あ〜、だから、謝るなって! そんな顔で言われたら吹っ切れなくなるじゃないか!」

腕を掴まれたと思った瞬間、胸の中にぎゅっと抱き締められ、香は思わず息を呑んだ。

「今だけ・・・ちょっとだけでいいから。」

辛そうな隆史の声が聞こえる。




嗅ぎ慣れないコロンの香りが体を包み込み、身体が固くなる。

撩とは違う男の人のカラダ・・・

筋肉のつき方も、腕の太さも、背の高さも、胸板の厚さも違う・・・

やっぱり、ダメだよ。隆史。あたし、応えられない・・・




どのくらいそうしていたのか。10秒位だったのか、1分位だったのかも判らなかった。

隆史は、ごめん、と耳元で囁いてゆっくり体を離した。

離れると同時に柔らかな物が頬を掠めるような感触がして香はピクリと体を震わせた。

「俺、帰るわ。このまま居たら何するかわからねえから。」

「もう、してるじゃないのよ。」

頬に手を当てて隆史を軽く睨む。

「い、今のはお前を送った駄賃だ。気にするな。」

恥かしそうに顔をポリポリと掻く様子は昔とちっとも変わっていない。

「隆史ったら・・・」

香にもようやく笑顔が戻った。

「これ、俺の携帯番号。また、機会があったら飲みに行こうぜ。友人として。」

そう言って小さなメモを香の胸ポケットに差し込んだ。

「・・・そうね。友人として縁が腐るまで付き合ってあげるわよ。」

「ひっでえな〜」

二人で顔を見合わせて吹き出した。









通り掛かったタクシーを止めて隆史を見送ったあと、香はアパートへ帰った。

玄関には見慣れた撩の靴が放り投げてある。



ひえ〜〜っ 撩より遅く帰ってきちゃったんだ、あたし。



廊下の灯りはつけずに、そっと足音を立てないように歩いていった。

キッチンの前を通りかかった香は、暗い部屋の中に人影を見つけた。

「・・・撩?」

「ああ。何だ、今帰ったのか?」

人影は振り返りもせずに、ペットボトルの水を飲み干している。

「ごめんね、遅くなっちゃった。撩も出かけていたんでしょ?」

「ツケで飲むなって早々に追い出されてな。部屋でずっと飲んでた。」

ゴミ箱にボトルを投げ入れ、撩は笑った。




もしかしたら・・・起きて待っていてくれた、とか?

あ、いや、考えすぎかも・・・




「香、どうした?」




いつのまにか近づいてきた撩の広い胸の中へと抱き締められた。

ふわりと漂うアルコールの香りと微かな硝煙の匂い。

力強い腕と温かなカラダ。

心臓の鼓動が聞こえる。

やっぱりここが一番安心できる。

ここがあたしの居場所でいいんだよね?




「何でもない。ごめんね。心配かけて。」

「いや。いいんだ。それより、お前歩いてきたのか?体が冷たい。」

「あ・・・うん。酔い覚ましよ、酔い覚まし。」

隆史のことは言えない。

あんなに真剣な告白を聞いたのは初めてだし、撩に余計な心配をかけちゃう。

「気をつけろよ。一人歩きは危ない。」

「うん」




撩は・・・いつもあたしのことを守ってくれる。

あたしは撩に甘えてる?

でも、あたしはここに帰ってきていいんだよね。




撩の顔を見上げると、ふっと笑いが口の端に見えた気がした。

腕に込められた力がすっと抜けたと思うと、口唇に触れるだけのキスを落とされる。

さっきの隆史のキスを思い出し、一気に顔が赤くなる。

「り、撩!? 何を・・・」

「何って・・・おやすみのキ・ス。オレ達、もう寝るから。」


ニヤリと笑うその顔は・・・・・・それにオレ達って?達って?・・・何?・・・


「さあ、ゆっくり寝ようぜ。香ちゃんv」



何か、今、語尾にハートマークがついていたような・・・

だ、誰か、気のせいだと言って〜!!



ぐいと引っ張られ、足を掬われたと思ったらそのまま抱え上げられた。



ぎゃあ〜〜っ! これって、お姫様だっこじゃないのよ〜!



「いや〜〜っ ちょっと! やめて〜〜・・・」

「い〜や、やめない。心配かけた罰だ。」

「撩〜!」






ああ・・・朝帰りなんてするもんじゃないわ。

もう、絶対に、絶対にしないんだから!




<End>





    <あとがき>

      カウンターで9999を踏まれた まなつ様のリクエストは「香の朝帰り」でした。

      こんなんでよかったかしら・・・まなつ様。そして遅くなってごめんね。

      告白されて困るカオリンを書きたくて、高校時代の友人を引っ張り出してみました。

      でも、隆史かわいそうだなあ。せめて口にキスをさせてあげればよかったか・・・?



      撩  「何言ってんだよ!そんなことはオレが許さん!」

      ムツ 「いいじゃん、減るもんじゃないし。」

      撩  「い〜や!減る!!」

      ムツ 「あんたねえ・・・(ジト目)。それにアレはカオリンのでしょ。あんたのじゃないわ。」

      撩  「ムツゴロウ・・・・・お前、オレに喧嘩売ってんのか?」

      ムツ 「ほ〜・・・売ってやろうじゃないのよ。あんたばっかりカオリンの麗しい唇を独占しおって!」

      撩  「独占して悪いか!」

      ムツ 「アレはみんなのものだ〜〜!」

      撩  「!!」

         ムツゴロウを蹴り倒して去っていく。 

      ムツ 「くそっ!お、覚えてろ・・・(ガクッ)」