Just Looking

いつもみている





『 香へ 』




目の前に差し出された封筒は、四方が黄ばんでいて、その表に書かれた文字は

インクが少しだけ滲んでいた。



「これ…は?」



何年経とうとも、その癖のある筆跡を見間違うことなどない。どうしてこれを、

しかも彼が今になって渡してくれたのか訳が判らないまま受け取った。



「古い書類入れの中に入っていた。お前宛だろ」



困ったような、迷っているような、一瞬だけそんな顔をみせた彼に、心配しないでと

微笑んでみようとしたけれど、きっと引き攣っていただろう。顔が、目元が、頬の肉が

自分の意志に反して固まってしまったから、上手く笑うことができなかった。

もうとっくの昔に、自分の中で消化していたはずなのに。



「読まないのか?」



返事も聞かずに撩は、ソファへ腰を降ろした。

あたしもその隣へゆっくりと腰掛けた。



「もしかしたら、お前の悪口ばっかり書かれているかもしれないぞ」



少しだけ茶化したような口調で促してくれたのは、彼なりの優しさ、かな?

ハサミを取り出し、封筒の端を切り落とした。ただそれだけの作業なのに、

指先が震えてどうしようもなかった。

出てきたのはたった二枚の短い手紙。書き殴ったような、そんな文字が並ぶ。

ふうっと軽く息を吸ってから、一文字ずつ確かめるようにゆっくりと読み始めた。






香へ




今俺は、これがお前の手に渡るという可能性は限りなく低いだろうと思いながら書いている。

整理整頓なんていう言葉を知らないあいつの手元にワザと隠しておくつもりだからだ。

ゴミと一緒に捨てられちまう運命かもしれないが、仕方が無い。




俺は死んだ親父と約束していたことがある。お前の20歳の誕生日に話をすると決めていた。

俺は口下手だ。今夜、お前に上手く話せるかどうかと言えば、はっきりいって自信が無い。

きっとお前の顔を見たら、何も言い出せなくなってしまうかもしれない。

お前が俺や親父達とは血が繋がっていない、ということをだ。

もしかしたらお前はもう、知っているのではないか、とも思う。

だが、知らなかったのなら、お前を確実に傷つける。

それならばいっそのこと、知らないままでいた方が良いのかもしれない。

こんなことばかり何年間も、ずっとずっと考えてきた。その答えは、今の俺にも出せていない。

だから、お前が読むかどうかもわからないこんな賭けのような方法を取った俺を、

バカなアニキだと、笑って許してくれないか?




例え血の繋がりが無くても、俺達家族はお前を他人の子だなんて思ったことは一度もない。

俺の大事な妹として、家族の一人として接してきたつもりだ。

お前が家族になってから、家の中に笑い声が絶えなくなった。家に帰るのが楽しみになった。

お前がうちに来てくれて、俺達は本当に幸せな家族の時間を過すことができたんだと思う。

親父達はお前に愛情を注いで大事に育てていた。それだけは忘れないでくれ。

親父達がいなくなってから、俺はお前にとって、いい兄貴だったろうか。

口煩い嫌な保護者だと思っていただろうな。

だけど、俺の方こそお前がいてくれて感謝している。

お前がいなかったら、俺は「生きる」ということに何の目的も見出せなかったはずだから。




この手紙をお前が読んでいる頃、俺はたぶんこの世にはいないだろう。

お前を一人残して逝くことは、はっきり言って堪らない。

だけど、あいつの相棒になると決めた時に、いつかはそういう日が来るだろうと覚悟した。

俺はあいつのように特殊な訓練を受けたわけではない。体力もあるとはいえない。

足を引っ張らないように踏ん張っているのがせいぜいだ。

そんな俺がこの世界で仕事をしているなんて、無謀だと思うだろう?

でも、あのまま警察に居続けることはできなかったんだ。

俺はずっと歯痒かった。自分の非力さが。

俺達のやっていることは、確かに法を犯す仕事だ。だけど、

この世の中には警察や国の力では、どうにもならないことが山ほどある。

あいつはそれをやろうとしている。

俺がやりたくても一人ではできなかったことをやり遂げる、凄い奴なんだよ。

だから俺はこの道を選んだことをちっとも後悔していない。

たくさんのものや、人達を犠牲にしてしまうだろうけれど、後悔はしないと決めた。




香。

今、お前は何歳になったのだろうか。

バリバリのキャリアウーマンになって働いているのかもしれないな。

それとも、意外と(失敬!)結婚をして子供も二人くらいいるのかもしれない。

お前の未来を想像するなんて、らしくもないがなかなか楽しいぞ。


生活に困っていないだろうな。

ちゃんと食っているか?

少しは女らしくなったか?

好きな奴はできたか?

そいつは俺よりいい男か?

信頼できる奴だろうな。

甲斐性はあるか?

お前を大事にしてくれる奴か?

お前は、今、幸せか?




どんな道を選んでいるにせよ、お前にとって一番大切だと思う道に進んで欲しい。

そして、一緒に生きると決めた奴から絶対に離れるな。

悔しいけどそいつを幸せにしてやるんだぞ。

俺達を幸せにしてくれたお前になら、容易いことだろう?



最後に―――



俺がいないことを悲しまないでくれ。

きっと俺は今もお前の傍にいる。

そして、いつもお前のこと見ているから。


槇村 秀幸   










長い時間を経て届いたアニキの優しい言葉は、あたしの心の中に水のように

静かに浸透していく。

流れ落ちる雫が手紙の所為なのか、肩に廻された腕の所為なのか判らないけど、

どっちも今のあたしにとって一番大切なものだった。





大丈夫よ、アニキ。

あたし、ちゃんと自分の道を見つけたから。



そう。

あたしは、この腕を信じてついていくの。

だから、心配しないで。

ね、アニキ―――



 <End>



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




       <あとがき>

        キリ番 32000を踏んでくださった みゆきさまからのリクエストは、『泣ける話』。

        読んでみて、ちっとも泣けなかったというあなた。 ごめんなさい。

        で、事前に読まれたみゆきさまのご感想は…


            心配しないで下さいね、バッチリ泣けましたから。
            黄ばんだ手紙って言うのが良いですね。目に浮かびました。(笑)
            それと「香。今、お前は〜」って所も槇村だったら言いそうですね
            香も幸せ者ですね、私もこんなアニキがほしい〜



        あううっ!! なんとも温かいお言葉。サンキュ〜です。(>_<)




     ムツ 「ええと・・・今回出番がほとんどなかった撩くんで〜す」

     撩  「うぃっす」

     ムツ 「槇兄を初めて出演させたんだけどさぁ、慣れない事はするもんじゃないね」

     撩  「なにがだよ」

     ムツ 「構想●ヵ月、執筆■週間、あたしの血と汗の滲んだ手紙に見えない?」

     撩  「見えんな」

     ムツ 「槇兄はこんな、ある意味ラヴい手紙書くんだろうか・・・自分でも疑問だ」

     撩  「これって、シルキィクラブに行く前に書いたのか。随分余裕あるじゃねえか」

     ムツ 「でしょでしょ?やっぱりあんたもそう思う?

         これからあんな胡散臭いトコに乗り込むっていうのにねぇ」

     撩  「・・・ボケ」

     ムツ 「もうね、なんだか情けなさで自分が泣ける話になったわ」

     撩  「そういうオチかよ!」(殴)