Heaven → Hell




マジ?





何回見直してもその数字は見間違いをしているようには思えない。

それでも、これが現実とは思えなくて震える声で同居人を呼んだ。



「りょ、撩〜〜っ!ちょっと来て〜〜っ!」



しばらくしてドカドカと足音を立てて階段を降りてきた撩は、リビングの床に

ペタリと座り込んだあたしを不思議そうに見下ろした。



「どうした?」

「これ・・・・・・当たってるみたいなんだけど・・・」



情けなくも微かに震える指で一枚の宝くじと新聞をゆっくりと持ち上げると、

撩はちょっとだけ顔を顰め、それからニヤリと笑った。



「またまた。新年早々担ぐ気か?」

「冗談じゃないよっ ほ・ん・と・う・みたいなの」

「・・・・・・見せてみろ」



さすがに冗談だろうと笑い飛ばしていた撩も、あたしの手からもぎ取った

新聞と宝くじの間を何度も何度も視線を行ったり来たりさせて、しまいには

番号を声に出して読んでみて、ようやくこれが事実なのだと理解したようだった。



遅いって!!



二人で顔を見合わせて、ふうっと大きな溜息をついてソファにドサッと腰を

降ろした。



「こういうのって、当たるヤツなんかいねぇと思っていたがな・・・」

「ど・・・どうしよう」

「どうしようもこうしようも・・・・・・」








当たった宝くじは、商店街の福引でもらったもの。

年末大売出しの商店街で買物をして、10枚の抽選券を貰ったのはいい

のだけれど、それは見事に全てハズレ。

せめて3等のお米券を・・・と思っていたから、よっぽどクジ運がないんだと

我が身を呪った。

で、ハズレ券10枚と交換した宝くじがコレ。

たった一枚の紙切れが、なんとなんとの2等賞。

1・・・1億円よ! 信じられないわ。

夢、じゃないわよね。

ほっぺたをつねってみる。

いたた・・・・・・

やっぱり夢じゃない。





「夢じゃないのよね、撩!」

「ああ。そうだな」



ヤ ッ タ 〜〜ッ!!



あたしが小躍りしている横で撩は、無言で胸ポケットから煙草を取り出して火を

つけた。その様子が何だか落ち着いて見えて、あたし一人だけはしゃいじゃって

いる様で何か悔しい。

そりゃあ、撩は1億円なんてお金、何回も見たことあるんだろうけど、あたしは

ないんだから!

1億円どころか、100万円だって、ここのところご無沙汰してるわ。

あ〜〜夢みたい!って、夢じゃないのよね〜〜〜



「これ、何に使おっかなぁ〜〜・・・美味しいもの食べて・・・

 あ、新しい洋服も欲しいわ〜」



自然と口元が緩みそうになりながら楽しい買物を想像していたら、目の端っこで

撩がクスリと笑った。



「何よ。笑うことないでしょ?」

「いや、つくづく貧乏が染み付いているな、と思ってな。そんな使い方なら1億

 使い切るまで一生かかっちまうぞ」

「悪かったわね。そんな大金手にした事ないんだから仕方がないでしょ」

「それもそうだな」

「あ、でもその前に溜まっているツケも払わなきゃ」



また撩が堪えるようにくっくっと笑う。

悪かったわね。そんなチンケな考え方しかできなくって。

あれこれと使い道を考え出したところで、おい、香、と呼ばれた。



「どうせなら、ど〜んと使っちまおうゼ。めったに贅沢なんてできねぇんだから」

「う〜ん・・・・・・どうしようかな・・・」



あたしがちょっと考えこんじゃったのは、普通なら誰でも考えちゃう『貯金』って

いう方法は、あたしたちには無意味だったな、と気がついたから。

嫌な考えだけど、セコセコ貯めていたって使う機会がなくなるかもしれない。

そう。そんな日は明日にでもやってくる。

それなら、少しでもそんな日が遅くやってくるような方法で使っちゃった方が

いいんじゃないかな・・・・・なんて思った。

でも、そんな事口に出して言うのも何か・・・ねぇ。



「ねえ、撩。武器類の補充はしなくていいの?」



撩がチラッとだけこっちを見た。



「どういう風の吹き回しだ?」

「だって、この宝くじ。食料品買って貰ったものだからさ。言わば必要経費で

 手に入れた訳でしょ? だから、まずは冴羽商事の貧窮状態を何とかするのが

 筋ってものじゃないかな、って思って・・・」

「ふ〜〜〜〜〜ん・・・」



あたしの苦し紛れの説明を、たっぷり5秒間は怪しむような素振りをしていた

けれど、どうやら納得してくれたみたいでほっとした。



「そうだなぁ〜・・・」

「でしょ?」

「まあ、残り少ねぇのは手配しないとな」

「そうだよね。あとはツケを払わなきゃ。美樹さんのところにも迷惑かけてるし・・・」

「やっぱりそこに戻るのか」



撩は苦笑いをしている。



「仕方ないでしょ?誰かさんの所為なんだから」

「はいはい。じゃあ、残った金はどうするか、だな。」

「そうね」

「パァッと贅沢にいくか。銀座の高級クラブなら一晩で何束か使えるけどな」

「・・・あたしはそんな使い方ちっとも楽しくない」

「そうか。二人で楽しめるのがいいのか。じゃあ、高級温泉旅館の貸切とか、

 ホテルのスィートに一週間くらい篭るとか・・・」

「・・・・あんたってどうして思考がそっちに走るのよっ」

「そんなに怒るなって。じゃあ、香港行って満貫全席食い放題っていうのは?」

「今度は食欲かいっ!その前にあんた、飛行機乗れないでしょうがっ!」



はぁ〜〜〜っ 頭痛い・・・



「まあ。金の使い道は追々考えることにして・・・香」



急に真面目な顔つきになって、撩は小さな声で言った。



「当たったことは絶対誰にも内緒にしよう」

「う・・・でも、ツケ払っちゃったらバレちゃうかもよ」

「そんなもの・・・報酬が入ったとでも言っておけ。いいか?

 バレたらたかられるのがオチだぞ」

「わ、わかった」



思わず、何かというと人を肴にして騒ぐのが大好きな人達の顔が浮かんだけど、

これは緊急事態なんだからいいのよ、なんて理由を無理矢理こじつけて自分を

納得させてしまった。

緊急事態どころか、冴羽商事はじまって以来の一大事なんだから!!








松の内も明け、ようやく紙切れが札束に交換できるようになった日。



あたし一人じゃ強盗に襲われたら太刀打ちできないなんていう理由で、撩が

銀行に付き添ってくれた。

場違いなほど立派な応接室に通されて、テーブルの上にドドーンと詰まれた

札束の山はなんだか映画かTVドラマを見ているみたいで、これこそ現実味が

なかった。

貯金を必死で勧めるおじさんたちは、撩が睨みを効かせて黙らせちゃった。



ツケの支払いに二人で行くのは周りにバレるからダメだって言う撩の言葉に

従って、そこから別行動を取ることにした。

あたしは目の前に詰まれた山の中から2束だけ受け取り、残りの山は撩が

バッグに乱雑にしまいこんだ。

そして、撩はその足で、マグナム弾や手榴弾、グレネードランチャーとかの調達に

行った。あたしが使うトラップの小道具とかも必要だって言ってた。

仕入れるルートや方法はよく判らないのだけれど、知る必要はないからって

詳しいことは教えてくれない。この街にはそれ専門の請負人がちゃんといるらしい

けど、あたしの顔を知られていない方が仕事がやりやすいから、ってさ。





ツケの支払いは美樹さんのところも含めると、総額 1,905,690円也。

よくもまあ、こんなに溜めたものよね。パートナーながら呆れるわ。

借金をきれいに返済すると、お店の人達は揃って驚いた顔をしていたけれど、

臨時収入があって、と言ったらみんな何となく了解してくれたみたい。本当なら、

昨年中にきちんと返済してしまいたかったんだけどね。ごめんなさい。



手元に残ったお金の中から、あたしは厳重に鍵のかかる耐火金庫を買った。

だって、銀行に預けるといざという時に不便だし、せめて家の中の安全な場所

(撩の手の届かない所ね)に置いておきたいじゃない?



それから、今夜の夕食は腕を振るうことにした。

スーパーに行って、撩の好きなお肉は一番高い(大奮発よ)のを買った。

でも、撩はなかなか帰ってこなくって、折角つくったご馳走を前にイライラしながら

時計と睨めっこをして待っていた。




もしかしたら、誰かに付け狙われて・・・・

いや、あいつのことだから、あのお金で遊びに行ってたりして・・・・

いやいや、真っ直ぐ帰ってくるって言ってたじゃない。信じなきゃ。




不安や苛立ちが交差して、嫌な胸騒ぎばかり起きてしまう。

料理もすっかり冷めてしまった頃、ようやく聞き慣れた足音がした。



「撩!遅かったじゃないっ!」

「ああ、悪い。情報屋も廻っていたんでな。心配したか?」

「あたりまえじゃないの。で?」

「で?」

「お釣り」

「あ・ああ・・・・釣りは・・・ない」

「・・・え?」



聞き間違い、よね。



「9800万円の残りよ。早く出して」

「だからないんだって」



手にしていたバッグを逆さまに振ってみせる。空っぽだ。



「嘘・・・ど、どうして?」

「全部使った」

「な、何に使ったって言うのよ」

「いやあ、これがまた掘り出しモンがあってさぁ」



ヘラヘラと笑いながら撩は話し出した。

なんでこいつ。こんなに機嫌がいいのよっ!



「聞けよ、香。なんと! ドイツ製の○○○が市場に流れていてなあ。これがまた

 超精巧に出来ててお前でもラクラク操作できるっつう代物なんだよ。

 プレミアついてんだぜ」

「・・・・・・」

「安くするって言うから手が出ちまったんだよな。

 それからな、×××が手がけたっていう噂の暗視スコープ付ライフル!!

 1万本作って1〜2本しか世に出ないっていうモノが、これもまたどういうワケか

 日本にあったらしいんだよな。今しか買えないって言うからさぁ・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「か、香ちゃん?」

「・・・あんたは・・・それに9800万円使ったっていうの?」



自分でも、もの凄〜〜く冷たい声を出していたと思うわよ。

撩の奴も一瞬だけど、ビクッとしたし。



「いやぁ・・・ははは。あとは、ほれ。いつものやつ」



指差した所には、どうやったら使いきるのか?!という物量の見慣れた弾の箱が

山のように積まれていた。



「こ・・・こんなに?」

「だって、香ちゃん。オレに長生きして欲しそうだったし・・・」

「え?」

「これだけ買い占めれば、しばらくの間は誰もマグナムぶっ飛ばそうなんて

思ってもできないからさ」

「・・・・・・」

「な?」



なにが、「な?」 よ!

いや、確かに長生きはして欲しかったけど・・・

ものには限度ってものがあるじゃない。

金庫だって買っちゃったのよ。

1億円当たったのに、残りが・・・・・・5万円もないじゃないのっ!!

そう言えば撩の奴、前にも竜神会の会長からせしめた1億円を一週間で

使い切ったことがあったわね
(単行本二巻参照)。あれよりも早く使ったって言うの?

それも一人で! 二人で使おうとか言っておきながらっ!!

信じられないっ!





怒りがフツフツと沸いてきた。抑えようにも止まらない。



「ふ・・・」

「ふ?」



撩がヒクリとしたのは視界に入ったけど、そんなのもう関係ない。

プチン、と音を立てて血管が切れたような気がした。



「ふ・ざ・け・る・な〜〜〜っ!!」

「わあっ!! やめろ!ストップ!!」

「あんたなんか、さっさと地獄へ行っちまえ〜〜〜っ!!」





あたしが渾身の力を込めて振り出した夢の1億t ハンマーは、見事に命中した。


          ・ ・
今年もハンマーだけは絶好調なあたしだった。





<End>



【ムツゴロウの呟き】

如何でしたでしょうか。ようやくこの企画も終了です。

最後まで読んでくださってありがとうございました。

またいつかこんな企画をやってみたいと思っています。(懲りない奴)



私、トリだから、ドド〜ンと1億円という大金を当ててみたんですが、

やっぱり冴羽商事! 恐るべし冴羽商事!

赤貧が身についちまってどうしようもないんだね。

そしていつものようにカオリンが怒って終っている・・・(^ ^;

ま、原作に忠実に、ってことで。堪忍な。