お江戸始末屋騒動
<其の参>
内藤家の屋敷は、新宿御苑の閑静な一角にあった。
撩は海坊主から事のあらましを聞いた後、 用心棒として雇われることになっている屋敷へとやってきた。 門を入り、下足番に用件を伝えると、主人から聞いていたのか、 すぐに奥の間へと通された。 古い造りの屋敷は、広い庭を囲むように長い廊下が続いていた。
「ようこそ、いらしてくださいました」
廊下を渡りきったところにある部屋には、一人の女性が待っていた。 20代前半と思えるが、しっかりした印象の、瞳のきれいな美人だった。 撩の好みのタイプである。
「お雪と申します。この屋敷で乳母をしております」
女性は撩にそう告げた。声も軽やかで、思わず聞きほれてしまうようだ。
「物騒な手紙が届きましたので、旦那様が用心棒を雇うと申しておりました。 よろしくお願いいたします。なんでも、大変腕のたつお方だそうですね」
お雪は、やや固いながらも笑顔を見せながら言った。
「ふっ。私が来たからには、もうご安心を…。それより、詳しく話を聞かせて下さい」
庭には静かな時が流れている。時折、小鳥が舞い降り、ピチピチと鳴いている。
「なるほど。話はだいたいわかりました。では、その母親と娘に会わせてもらえるか?」 「奥様はこのところ体調が優れず、床に伏せっております。 心労も重なっていると思いますわ。お嬢様は…」
お雪はそう言って立ち上がると、次の間へ続く襖を静かに開いた。
「撩さま、こちらが五月(さつき)様でございます」
お雪の影に隠れるように、5歳くらいの女の子が姿を見せた。
(ふ〜ん。可愛いけど…。俺の相手にゃまだ早いな。 やっぱ、お雪ちゃんだなぁ。ぐふふ)
ニヤニヤしている撩を不信げに見つめる、お雪の冷ややかな視線に気が付いたのか、 撩は慌てて取り繕った。
「や、やぁ、お嬢ちゃん、こんにちは。ぼく、撩ちゃんだよ。よろしくね」 「……」
五月は無言でプイっと横を向く。そしてお雪の方をすがるように見つめるのであった。
(何だよ、ちくしょう、可愛げがないなぁ)
そんな撩に畳み掛けるように、お雪が言った。
「撩さま、では早速お願いいたします。旦那様は夕刻にはお帰りになられますので」 「はいはい、わかりましたよ…」
撩はそうブツブツ呟いたが、はっとしたように、鋭く庭の方に目をやった。 一瞬ではあるが、何者かの強い殺気を感じたのだ。 庭の先には離れに続く廊下があったが、人の姿は確認できなかった。
(おいおい、屋敷内にも敵がいるのかよ…)
撩は一抹の不安を感じるのだった。
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