お江戸始末屋騒動
<其の弐>
「よぉ、海坊主、久しぶりだなぁ」
新宿御苑からしばし歩き、やや寂しい趣のある早朝の雲海寺。 そこを訪れた撩は、境内を掃除していた住職に馴れ馴れしく声をかけた。
「ふんっ!きさまは相変わらず女の尻を追い掛け回しているそうだな」 「ふふん、それが俺様の生きがいなのさ。こればっかりは譲れねぇぜ」 「…ったく…。こんな奴に仕事を紹介するなんざ、俺もヤキが廻ったな」 「はいはい、無駄口はいいから、早く話せよ」
そう言って、撩は煙草に火をつけ、大きく吐き出した。 坊主は辺りに人気がないのを素早く確かめると、夕べの客人の依頼内容を説明した。
「実は、ある娘が命を狙われている。その娘を護衛し刺客を捕らえろ、という内容だ」 「ふ〜ん。…で?依頼人は?」 「その娘の父親だ」 「……。狙われているってどうしてわかった?」 「一週間前に脅迫状が届いたんだ。これを見ろ」
坊主はそう言って、一枚の紙を差し出した。 そこには、 『この町から出て行け。行かねば娘を殺す』 と、短く記してあった。 それを見た撩はやや拍子抜けしたように、 「なんだぁ、これ。これだけじゃあ、さっぱりだな」と呟いた。
「そう思うだろ?ところが、だ。それが届いてからというもの、 奇妙なことが続いているらしい」 「奇妙なこと?」 「あぁ。何者かが屋敷に侵入した形跡があるのだが、何も盗られていない。そして…」 「そして?」 「庭で番犬が毒殺されていた。おまけに、屋敷の主治医がいなくなった」 「いなくなった?」 「あぁ、誰かに連れ去られたのか、自分で姿を消したのかもわからない」 「……。脅迫状はどうやって届いたんだ?」 「知らぬ間に柱に貼ってあるのを母親が見つけた。 母親と言っても、後妻なので娘にとっては継母だがな」 「ふ〜ん…。どうして犯人は、町からその父親を追い出したいんだろうな」 「それはわからん。 だが、父親は仕事柄、町を離れられないのだ」 「仕事って?それより、肝心な依頼主の名を聞いていなかったな」
海坊主は致し方ない、といったように首を軽く振って、ゆっくりと答えた。
「……奉行の 内藤 忠助殿だ」 |