あぶない海辺

前編

 

「わ〜お!! モッコリちゃんがいっぱ〜い!」



毎度毎度、飽きもせずにお決まりの言葉を発する男を横目で睨みつける。



「あんたねぇ、仕事で来ているのよ、あたしたち。判ってんの?」



夏の暑い日差しの中、更に暑さを増長させるような男の発言に、香は心底呆れた。

行き交う水着姿のお姉さんたちに鼻の下を伸ばしている男が天下のスイーパーだとは情けない・・・。

香は大きなため息をついた。



「へいへい、わかってるよ。あの娘だろ?依頼人は。」



撩が顎で示した先には、大賑わいの海の家でテキパキと働く若い女性がいた。



「そうよ。彼女、陽子さん。毎日現れるしつこいストーカーを退治して欲しいんだって。」

「ふん、相変わらずショボい仕事受けやがって。でも・・・・・」



と、海の家を覗き込む。



「陽子ちゃんか、可愛いなぁ。体張って守っちゃおっと。

そうすればモッコリの一発や二発・・・」

「ふん!あんたの考えそうなことよね。だけど、残念でした! 彼女、人妻よ。」

「な、何〜〜〜!!香、どうしてお前、そのこと最初に言わなかったんだ?!」

「だって、言ったらあんた、断ったでしょ?一体、何日ぶりの仕事だと思っているのよ。」



文句を垂れる撩に、香も毎度お決まりの言葉で応酬する。



「ほら、馬鹿なことばかり言ってないで、張り込みするわよ。」



まだ何かブツブツと文句を言う撩を引きずりながら歩いていった。

仕事なんだけど、海に来るのは本当に久しぶりだわ。

ましてや撩と一緒に来るなんて・・・。

なんだか、これってデートみたいで嬉しいかも。

陽子さんには悪いけれど、せっかく来たんだし、少しは楽しませてもらわないとね・・・。


あたり前ではあるが、引き受けた依頼は最後まで果たさなければならない。

香は、海の家の様子がよく見える場所まで歩みを進めると、

バッグに入れていた敷物とパラソルを広げ、身につけていたシャツとジーンズを脱ぎ始めた。

もちろん、シャツの下にはワンピース型の水着をちゃんとつけている。

その水着は、親友である北原絵梨子が香のためにとデザインしたもので、世界にただひとつしかない。

真夏の太陽の下に晒された完璧なまでに美しいボディーラインは、


周囲の男達の視線を釘付けにするには十分過ぎた。

さすがの撩も例外ではない。しかし、周囲のあからさまな視線をいち早く察知すると、

香の肩を抱いて、まるで隠すようにパラソルの影に引っ張りこんだ。



「お前、もうちょっと地味な水着はなかったのか?」

「は? いいじゃない。折角絵梨子から貰ったんだし。キレイなデザインでしょ?」

「キレイも何も・・・」



色鮮やかな水着は、香の白い肌と体の線を、より魅惑的に引き立てている。

きめ細かな肌は、暑さのためにうっすらと汗が浮かび、瑞々しささえ覚える。

そのデザインは背中が大胆に際どくカットされていて、目のやり場に困るほどだ。

かと言って、このまま他の男共の下心見え見えの視線に黙って差し出すつもりは

毛頭ない。スラリとした身長に大胆な水着、その上についている顔も極上、ともなれば

海の家の依頼人なんかより、よっぽど危険な存在になる。

しかし、香自身、それに気づいていないということが一番やっかいなのだ。



「ヘン、かしら・・・。似合わない?」



恥かしそうに頬を染めて、上目遣いに撩を見る。



「んなことねぇけどよ。」

          



こいつ、ホントに判ってねえんだな。

無意識なんだろうけど、危なっかしいんだよ。

見ろよ、周りの男共の物欲しそうな目!

          

「・・・日焼けするぞ。パラソルの下にいろよ。」



それだけ言うのがやっとだった。

          


ビール片手にぼんやりとしているフリをしながら、海の家の様子を探る。

昼の混雑のピークも過ぎ、店は一段落したようだ。

ふと、ある一点に目を留め、立ち上がった。



「どうしたの?撩。」

「ああ、ちょっとな。お前はここにいろ。」



香を残して歩きだした撩は、海の家に隣接する更衣室の裏へと近づいていった。

          


「おい、何やってるんだ!」



背後から怒鳴られた男は飛び上がって驚き、はずみで手にしていた双眼鏡が砂の上に落ちた。



「覗きが趣味なのか?さっきから目障りなんだよ。」



撩は男の襟首を掴み上げた。



「お前、あの店覗いていたな。狙いは陽子か?」



男の下っ腹に銃を押しつけてすごむと、男は目を見開き、ひぃっと悲鳴を上げた。

これはザコだと判断した撩は、面白半分に脅しをかける。



「いい加減、付きまとうのはやめてもらおうか。彼女はうちの親分のスケだ。

こんなことして、どうなるか判ってるんだろうな。指の一本や二本じゃ済まねぇぞ!」



必死の形相で許しを乞う男を、力任せに地面に放り出した。

すると、男の懐からナイフやロープといった物が転がり出てくるではないか!



「ほお〜・・・。お前、これで無理やりヤろうっていう魂胆だったんだな。

いい根性してるじゃねぇか。こりゃ、コンクリ詰めは免れねぇなあ。」



ニヤリと薄気味悪く笑った撩は、男のこめかみにパイソンを突きつけた。



「命が惜しかったら、もう二度と彼女に近づくな。いいな!」



男はコクコクと頷き、一目散に退散していった。


あっぶねぇ奴。ああいう奴がストーカーなんて、世も末だな。

それにしても、呆気ねえの。パイソンまでチラつかせる必要もなかったな。

ま、これでアイツももう、近寄らないだろうが・・・。

          

撩は、依頼人に会って仕事の報告を終えると、香の元へと戻っていった。

しかし、目指すパラソルの下に香の姿はなかった。