Targets





その意見が出されたとき、後先のことなど考えないで賛成!…と言ってしまった。

アイツがどんな奴なのか、逢ってみたい。

ただ、それだけだった。





◇◆◇◆◇◆◇






「ええ?! 絵梨子ったら何考えてんのよ」




ぞろぞろと押しかけた面々を代表して北原が図々しくも言い放った。




「だって、誰かさんがドタキャンするんだもの」

「だから、どうしても家を空けられなくなったって言ったじゃない」

「だ〜か〜ら。こうしてあたし達が移動したってワケよ」

「そんなぁ……」




彼女は困ったような、怒ったような、そんな顔をしているが俺達を追い返したりはしないようだ。

俺だったら、こんな夜中にふざけるな! と、とっくに怒り出しているところだ。

こういうところにも性格って出るんだな。




「飲み物は持ってきたから安心して。貧乏な香から会費は取らないから。」

「余計なお世話よ、って、ちょっと…絵梨子! ……もうっ!」







久しぶりのクラス会に欠席した槇村のアパートに押しかけよう、と言い出したのは

もちろん北原だ。丁度二次会が終了し、仲の良かったグループだけで次は何処へ…と相談していた時だ。

あんなに飲んだのに、まだ飲み足りないと酒屋であれこれ買物して、テキパキと指示してタクシーに分乗して……。

その仕切りぶりやバイタリティーさには本当に舌を巻く。さすが、女社長だ。

まあ、そのお陰で俺も槇村に逢えたわけだから、感謝すべきかな?

まだ文句を言いたそうな槇村を玄関に残して、北原は勝手知ったるなんとやら。

迷わずに奥へと進んでいく。

溜息をつきつつ、まだ入り口に残っていた一陣にスリッパを次々に出す様子を見ると、

どうやらこの奇襲作戦はうまくいったようだ。

最後に差し出されたスリッパにサンキュ、と足を入れると、槇村は驚いたように顔を上げた。





「た…隆史?」

「しばらく」





その驚いた顔も、一年前よりさらに綺麗になった、と思う。

悔しいけれど、それは事実だった。








一年前のあの日。




無理矢理抱きしめたときの感触が蘇る。

夜風で冷えた体を腕の中に引き寄せたら、微かに石鹸の香りがした。

一瞬、息を呑みこんだ槇村の体が腕の中で緊張のためか固くなる。

長い間胸にしまい込んでいた想いが叶わないと知っても、諦めきれなかった。

このまま攫って行きたかった。


アイツの手の届かない所に。


だけど、抱きしめるほどに固くなる槇村に、それを告げることはできなかった。

離れ際、掠め取ったKISS。

それは、ただの友人に戻るには、あまりにも残酷な温かさだった。








「ご、ごめんね。あれっきり連絡しないで。折角貰ったのに携帯番号どこかにやっちゃって」





これは嘘だ。

槇村が連絡してこなかった理由はただ一つ。

アイツが捨てたのだろう。

嘘をつけない槇村の視線が泳いでいる。

それが全てを物語っていた。





「いやいや。こっちこそ新宿一の美女をデートに誘わないで申し訳ない」





からかい口調で応酬すると、槇村がほっとしたように微笑んだ。

思わず見惚れてしまうような笑みだったが、それがかえって胸に刺さる。

豪快に笑い飛ばしてくれた方がまだ救いがあるってもんだろ?

促されて広いリビングに足を踏み入れた瞬間、射るような視線を感じた。

ドアを閉めながらちらりと視線を向けると……。



―――― いた。



ソファにふんぞりかえっているデカい男。

間違いない。

視線が合ったと思ったその瞬間、フン、と鼻で笑われたような気がした。





き、気に食わねぇっ!





俺は明らかな敵意をもってその男を睨みつけた。

Tシャツからはみ出した腹をポリポリと掻いている男の前で、北原はファッションがどうの、

と怒っている。あいつが服装にうるさいのは今に始まったことじゃないが、天下の北原エリに

そんな態度でいいのかよ。北原は、プライドがめちゃくちゃ高いんだぜ。

しかし俺の心配をよそに、軽いパンチの効いた会話をしていた男はだらしなく笑っている。

おいおい。なんて、頭の軽そうな男なんだ。

だけど、体格だけはいいよな。何かスポーツでもやっているんだろうか。

二の腕の太さなんか、俺の倍くらいあるんじゃないか?

ふと、槇村とその男が並んで立っている所を想像してしまった。





…………くそっ








持ち込んだ酒を粗方飲み尽くしても、体に酔いは廻ってこない。

妙に頭だけは冴えているのに、周りの話は半分も耳に入ってこない。

原因はアイツだ。

昔話に花を咲かせる女性陣にちょっかいを出して、どっと笑い声が溢れる。

それが無性に気に障る。

槇村一人が、みんなのグラスに飲み物を注いだり、つまみを出したりしているのだ。

アイツがザルのようにアルコールを流し込む傍らで、彼女はグラスにはほとんど口もつけていないじゃないか。

槇村がアイスペールを持って立ち上がったのを見て、俺も腰を上げた。





「氷だろ? 手伝うよ」

「あ、ありがと」

「ついでにお水持ってきて〜♪」





北原の呑気な声にはいはい、と苦笑しながら、空になったいくつかの皿を手にして

彼女の後を付いて廊下に出た。

パチン、と乾いた音がして明るくなった食堂兼台所をぐるりと見回す。





「へえ。意外ときれいにしてんじゃん」

「意外と、は余計よ。失礼ね」





くすくすと笑いながら冷凍庫から氷を取り出している。

使い込まれた感じの調理道具。

磨かれたシンク。

テーブルの一輪挿しには薄紅色の生花。

それらを見ただけで、槇村の料理の腕の確かさと女らしさとを感じてしまう。

明日の朝食だろうか、煮物の入った鍋が泣かせる。

その料理の腕を味わうことができるのが、あの男だけとは……。まったく……。





「アイツ? 前に槇村が言ってた好きな奴って」

「え?覚えてたの?」





あったりまえだろ。


忘れるわけないって。





「どんな奴?」

「どんなって……隆史の見たまんまじゃないかなぁ」

「じゃあ、女にだらしなくって、大食いで、酒呑みで、服のセンスがない奴?」





くっくっくっと笑って、そうね、その通りよ、と頷く。

どう考えたって、アイツが彼女にふさわしいとは思えない。

そんな奴が彼女の側にいるなんて。





「アイツも槇村のこと、好きなのか?」





そう言うと、彼女は大きな目をさらに大きく見開いて見せ、そして、ゆっくりと伏せた。





「さあ。どうなのかしらね」





そう言った彼女の表情がやけに寂しそうだった。

そんな想いを彼女にさせている奴が許せない。



もしかしたら……

もしかしたら、俺の入る隙間があるのかもしれない。

コクリ、と喉が鳴る。





「あ、あのさ……」





次の言葉を選び、口に出そうとしたその時だった。





「香ぃ、まだかぁ?」





ドカドカと大きな足音を立ててアイツがきた。

なんて嫌なタイミングで入ってくるんだ。

顔を合わせるのも嫌だった俺は、とっさにトイレの場所を聞き、入れ違いに台所から出た。

背後で、氷がどうの、と軽く言い合っているのが聞こえる。





あんな奴と一緒にいて、幸せなのか?槇村。





俺が言いたかったことを口に出すことはなかった。












「だから言ったじゃないの」

「うるさいよ。ほっといてくれ」





帰りのタクシーで北原が追い討ちをかけるように言った。

だってよぉ、偶然とはいえ、トイレの帰りにあんなもの見ちまったんだぜ。

テーブルに彼女の体を押し倒すようにして貪っていたキス。

横倒しになっていた一輪挿し。

アイツの太い腕が、彼女の腰をしっかりと抱きしめていて。

広い背中に廻されていた白くて細い腕が、合意であることを示していた。

男の顔が喉元へと移動し、まるで噛みつくように唇で愛撫する。

生々しい音の合間に聞こえてくる艶のある吐息。

その光景に思わず足を止めて見入っていた俺に気付いたのか、

アイツは片方の口端だけ上げて笑ってみせた。





オレのものだ。近づくんじゃねぇよ





視線がそう言っていた。








「ほんとにねえ、冴羽さんも意地が悪いったらないわね」

「何が?」

「わざと見せ付けて牽制したに決まってるでしょ?そういう男なのよ。冴羽さんって」

「でも俺、ひとっこともアイツと話してないぜ。槇村のことも言ってないし」

「香に関する冴羽さんのアンテナは凄いのよ。あんたが諦めてないことなんか百も承知よ」





くそっ!あのヤロウ!!

とことん俺をコケにしやがったな。

そうまでされて、易々と引き下がれるかってんだ。





「あんたも諦め悪いわねえ。まあ、自分が納得いくまで頑張んなさいよ」

「…北原、お前この状況楽しんでるだろ」

「あら、わかっちゃった?」

「ニコニコ笑いながら頑張ってね、はないだろうが。お前は槇村の親友だろう?いいのか?」

「だって、最近面白いことなかったんだもの」





な…に?





「冴羽さんって、からかっていると飽きないのよねぇ。これで当分楽しめるわ」





そう言って北原は笑った。

それはまるで、獲物を見つけた悪魔の微笑みだった。








<End>






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




   <あとがき>

   キリ番 42000を踏んでくださった 久我賢城さまからのリクエストは、

   『香の同級生がアパートに遊びに来る。一人だけではなくて、大勢で押しかけてくるのがいいです。

   その中には勿論男もいる訳で(笑)』(メール原文のまま) でした。

   ということで、久々、高村隆史の登場です。ご存知ない方は、『
告白 to Kaori』 をお読みください。

   前回モノの見事にふられてしまった隆史くん視点で書いてみましたが、いかがでしたでしょうか。

   そして、久我さま、こんなに遅くなってごめんなさいね。(平謝)




    ムツ 「ほんと、君は意地が悪いねえ」

    撩  「オレはうるさいハエを追い払っただけだ」

    ムツ 「で? やっぱワザと?」

    撩  「あたりまえだ」

    ムツ 「キッチンに行ったタイミングも?」

    撩  「もちろん。ムツゴロウ、お前、オレ様の才能を甘く見てねえか?」

    ムツ 「いやいや、ケモノ並だってことはわかっているんだけどね」

    撩  「誰がケモノだ!」

    ムツ 「下半身だけじゃないってことがようく判ったわ。全身ケモノだねえ。カオリンを襲ったところも・・・・・・」

    撩  「てめえっ!いいかげんにしろ!おい、聞いてるのか?」

    ムツ 「あたいは人間だから、ケモノの言葉はわかりませ〜ん。ではみなさま、さようなら」

    撩  「あ、コラ! まだ話は終わってねぇぞ!」