Trouble ×Trouble

前編



※これは完全なるパラレルです。これはおかしい!というような厳しいご指摘はなさらないようにお願いします。

ナレーションは増谷康紀(と思ってください)、
ツッコミ はムツゴロウでお送りいたします。 m(_ _)m







あ…れ?

おっかしいなぁ…





毎朝の日課であるハンマーチェックをしていた時、槇村 香 はある異変に気が付いた。

香特製のハンマーは、仕事をしないで女の尻ばかり追いまわしている同居人にいつでもどこでも

自由自在に振り下ろせるよう、特別な仕組みになっている。

諸君に、その秘密を少しだけ暴露しよう。





物心がつくかつかないかの幼い頃から、香はその製作能力については非常に長けていた。

常に、より高性能を目指して研究は続けられ

―――
毎日豊富な実験データが充分すぎるほど取れることも一因だったが―――

その性能は日々着々と高度化されていた。



ニセ物が出回らないように柄の部分にオリジナル刻印までされている優れ物だ。
(すげっ!)

超小型化されたハンマーは、ポケットの中はもちろんのこと、耳の中や頭髪の中、

果ては奥歯にさりげなく仕込むことができて、取り出した瞬間に思い通りの大きさ、素材、重さに

変化させることができるのだ。

しかも、壊れたハンマーは残念ながら元に戻すことはできなくて処分するしかないが、

香はいつも資源ごみとして再利用できるように加工し、処分していた。



地球環境問題にも配慮した素晴らしいものなのである。
(パチパチパチ…)

この開発技術はNASAもまっ青のトップシークレットである。
(んな、アホな)



もちろん、製作はあたりが寝静まった頃を見計らって、

誰も住んでいない冴羽アパートの空室で日夜行われている。

企業スパイが製作風景を覗こうものなら一撃で倒され、

その無謀な輩は新品ハンマーの実験台ならぬ、餌食と成り果てる。

ハンマーを作れるのも、使いこなせるのも、この世で只一人しかいないというワケなのだ。



そのハンマーが故障してしまったのである。









思い通りに作動しないハンマーを手に、香は呆然としていた。

無理もない。こんな日がくるなんて、思ってもいなかったのだ。

香の頭の中は半ばパニック状態に陥っていた。





どこかで工程を間違えたのかしら……

そんなことはないわ。長年作っているのですもの。

目を瞑っていたってできるんだから。

でも、ストックも全部おかしくなるなんて……

あぁ… 困った。どうしよう!

こ、このことをあいつが知ったら……



……ぎゃぁ〜〜〜っっ!!





香は心の中で声にならない悲鳴を上げた。

壊れていることを知ったら、手綱を放した暴れ馬のごとく嬉々として街中を駆け回るに違いない。

ハンマーがなくては、いくら香でも大の男をコントロールすることはできないのだ。

想像しただけで冷や汗ものである。
(そりゃ、そうだろ)

香は散々試してみてやはりどうにもならないハンマーを悲しく見つめ、決心した。





絶対にバレないようにしてみせるわ! 
(無理だって…)






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆







香は立ち上がり、いつものように朝食の支度をしにキッチンへ向かった。

重くなりがちな気分を根底から払拭しないと気付かれてしまう。

そう思って、無理やり鼻歌をうたいながら調理を始めた。

歌はもちろん、 かの有名な 『Get Wild 』 である。
(……おい…)





♪チャララ チャラララ ……つよ〜く なれるぅ〜♪



「随分機嫌がいいんだな」





さあ、これから盛り上がり、といういいところで横槍が入った。

低いバリトンの声に一瞬ビクリと身を震わせた香だったが、

あのことを悟られまい、と敢えて強気に出た。

それが墓穴を掘るとも知らずに……





「あら、あんたこそ珍しいじゃない。こ〜んなに早起きするなんて雪でも降るのかしらねぇ」



こ〜んなに、とは言っても既に午前10時をまわっている。

ああ、香。わざわざ喧嘩を売らなくても…… 
(ふ、不憫だ…)





「うっせえな。不味い飯の匂いで起こされたんだよ」


「な、なんですって〜〜〜!」





香はこめかみの血管を浮き上がらせてパートナーである 冴羽 撩 を睨みつけた。

照れ隠しにワザと香を怒らせてしまうものだから、しょうもない男だ。
(アホやね)

こんな口喧嘩は二人にとっては当り前すぎる日常風景である。

そのため、撩はいつものパターンである香の
(愛の)ハンマーを受けるための体勢を取った。






が……





あ  れ?





いつまでたっても振り下ろされない様子に、撩は恐る恐る目を開けて香を見上げた。

ところが、さっきまで怒りの形相を浮かべていた香は、撩に背を向けて

何事も無かったかのように調理の続きを始めているではないか!





「お前……どうした?」


「な、何が?」


「何かヘンだぞ」


「何もおかしくないわよ! あんたのくだらない戯言に付き合ってられる程 私は暇じゃないの」


「……ふ〜〜〜ん」





長年のつきあいである。何かを隠していることなどバレバレだった。

なにぶん香は嘘をつけない性格なのだ。全て顔に出てしまう。

本人はそうとは気がついていないところが悲劇
(いや、喜劇でしょう)なのだが……

さて香は上手く隠し通すことができるのだろうか。



乞う ご期待。
(だから、無理だって…)






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆







日課である伝言板を見に行った香は、今日も依頼がなかったことに深い溜息をついた。

これで、連続3週間と4日、仕事がない。週一で行っているビラ配りもあまり効果が無い。

ぎりぎりの財政状態もいい加減 限界である。

無駄な買物は一切しない
(できない)冴羽商事には、

質草になりそうなブランド物や高級品はもちろんない。

一番の悩みは食費と光熱費の捻出であった。こうも日照りが続くようなら、

ハンマー作りの特許申請でもして稼ぐしかないか、と香は真剣に考え始めていた。

そんなことをぼんやりと考えながら 『キャッツ・アイ』 に向かって

トボトボと歩いていた香の耳に聞き慣れた声がした。




嫌な予感がする……





「ねえ、そこのお嬢さん。ボクちゃんとお茶でも飲まな〜い?」


「嫌です!あっちに行ってよ!」


「そんなこと言わないでさあ。ボクちゃん、いいトコ知ってんだけどねぇ。

ブランコや回るベッドもあるから
(それって…)すっごく楽しいよ〜。ね、どお?」 


「結構です!もうっ  しつこいんだから!」





プルプルプル……


香は予感通りの風景に、握り締めた拳が怒りで震えるのを感じた。





「あ…あんのやろう……叩き潰して……あっ」





そう。



武器がないのだ。





「くっそ〜〜〜!」





香は手近にあった植木鉢をナンパ男めがけて投げつけることで鬱憤を晴らそうとした。

しかし、後頭部に当たる寸前にひょいとかわされてしまい、地面にあっけなく落ちてしまう。

続けていくつも石やら看板やらを投げつけたが、同じことであった。
(おいおい、器物破損だろ)





ちょっと〜〜!一体どうなってんのよっ





香は知らないことだったが、撩は意識的に香の振り出すハンマーとこんぺいとうだけを受け入れているのだ。

それ以外の物体による攻撃は、体が本能的に防御体勢を取り、避けてしまうのだった。

これこそ、愛のなせる技と言うのだろうか。 
(は…はは…は(大汗))

そんな中、冴羽 撩は……





絶対におかしい。

どうしてハンマーが飛んでこない?

もしかして……壊れている、とか…? 
(大当たり〜!)





撩は別の若い女性を捕まえて同じように誘った。そして無理矢理キスを迫ってみたのだ。

ここで香が怒らないはずはない。

だが、ハンマーは振り下ろされるどころか、飛んでもこなかった。

やっぱり……と考えこんだ隙を突いて、襲われた女性は撩に平手打ちを喰らわせ、逃げ去ってしまった。



しかし、そんなことはもうどうでもいいことだ。





アレが壊れているということは……

目先の子うさぎ一匹より、新宿中のうさぎの群れがボクを待っている〜♪





冴羽 撩は不気味なニヘラ笑いを浮かべた。
  (あ〜あ…)