Trouble ×Trouble

後編




たぶん、バレちゃったんだ…――





キャッツのカウンターに座り、槇村 香は意気消沈していた。

先程目の当たりにした愚行に対しても成す術がなかった。

そして、男は香の方を見て意味深にニヤリと笑い、疾風のような速さでその場から走り去っていったのだ。





きっと今ごろは……



考えただけで香は胸が締め付けられる思いがして、ぎゅっと目を瞑った。





カランコロン…――





「香さん!こんなところにいたの?!」



賑やかに鳴り響いたドアベルに思わず振り返る。

慌しく店に入ってきたのは刑事の冴子と探偵の麗香という、最強の野上姉妹だった。

冴子は、今日も相変わらず体にフィットしたスリムなスーツを身につけ、いかにもやり手風だ。

麗香は長身を生かして濃茶のパンツスーツを見事に着こなしている。

が、二人ともそんな格好とは裏腹に、眉間に皺を寄せ、額の青筋はピクピクと浮き上がっている。

明らかに怒っているのだ。





『何とかしてよ。あの変態男を!』




姉妹だけあって、綺麗なハモリだ。
(んなこと言ってる場合じゃないって…)





やっぱり……





香は盛大な溜息をついた。

そんな香の様子を気にも止めずに、冴子達はその"変態男"が公衆の面前で何をしたのかを

猛烈な口調でまくしたてていく。

あいつの笑いを見た時から予測はついていたのだ。

しかし、こうも現実を突きつけられると苦しい。

美樹だけは香が店に来た時に事情を聞いていたので、気の毒そうな顔をしている。

そして香が何度目になるか数え切れない溜息を盛大についた時だった。





カランコロン…――





「香さ〜ん! あれ、どうなってるのよ〜!」


「香! あの盛りのついたバカ男を何とかしろ!!」





買物に出ていたバイトのかすみとファルコンが、店に戻ってくるなりそう叫んだ。





はぁ〜〜〜っ……

どうにかしろったって、できないのよねぇ……

ほんと、今日は厄日だわ。





もう顔を上げる気力もなく、上目遣いにチロリと周りを見回す。

すると、全員が怒りの形相で香の顔を覗き込んでいた。





『一体、どういうこと?!』





……見事なハモリだった。






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆







はぁ〜〜〜っ……



香から一通りの事情を聞いた全員が深い溜息をついた。





「そっか……ハンマーが……」

「それがなきゃ誰も止められないわよね。あの男を……」

「かと言って、街なかで銃を突きつけるわけにもいかないしねぇ」
(あたり前だ!)

「じゃあ、いつものように簀巻きにして吊るしちゃうっていうのは?」

「いいアイディアだけど、ダメ。いつもはハンマーでコテンパンにして

体力弱らせてから吊るしているのよ」
(そ、そうだったのか…)

「だめ、か……」

「フン! あいつは下半身だけで生きている大バカだ」

「じゃあ、一体どうしたら……」





はぁ〜〜〜っ……





「ねえ、香さん」



ふと思い出したように冴子が尋ねた。



「なに?」

「ハンマーの変化が思うようにできなくなった理由。何か思い当たることはないの?」



手馴れた質問は、まるで警察の事情聴取のようだ。



「う〜〜〜ん……」



それが判れば苦労はしないのだが……



「別に普段と変わりは無かったと思うのだけど……何か、引っかかるものはあるのよ」

「引っかかる?」

「それを思い出せれば、ハンマーが元に戻るヒントになるかも知れないのだけれど……」



しかし、それが何だったのか、はどうしても思い出せない。

う〜〜ん、と唸ってしまった香にかすみが助け舟を出す。



「じゃあ、もう一度ハンマーを作ってみたら何か思い出すんじゃない?」

「それ、いいアイディアじゃないの!」

「ダメ。いつもの作り方だと仕込みから乾燥まで最低5日はかかるのよ」
(まさに職人技だね)

「ええ〜〜っ!そんなに?」

「5日間もこのまま撩を放っておいたら……」





皆考えることは一緒のようで、これまた見事なほど一斉に蒼褪めた。


数十秒の沈黙の後―――





「ダメだわ!何とかしなきゃ!」



麗香が叫んだ。



「そうよ。このままじゃ、おちおち安心して歩けないもの」

「新宿の街が公前猥褻物陳列解禁、だなんて新聞にでもリークされちゃたまんないわ!」
(んなワケないって…)

「じゃあ…どうする?」



再び店内を静けさが包み込もうとした時、それまで黙って傍観していた美樹がボソリ、と言った。



「普通の木製ハンマーならそんなに時間かからないんじゃないかしら?」




『それだ!!』




伸縮及び素材変換機能が反応しないなら、最初から特大ハンマーを作ってしまえばいいのだ。

そして、狙いを定めて頭上に振り下ろせば……





「やってみましょうよ! うまくいくかもしれないわ」

「そう…かな」

「大丈夫よ。あたし達も手伝ってあげるから」

「ええ?!でも、それは…」

「ふ・つ・う・の ハンマーよ。秘密を探ろうったって、探れないから安心して」

「そ…そうね」

「じゃあ、善は急げってことで…」





早速キャッツ・アイの地下射撃場を借り、全員で特大ハンマーの製作に取り組んだ。

素材となる木材は、警察署敷地内の樹齢数百年という大木を失敬した。

この緊急事態に、冴子は持ち前の独断力と誰にも反論させない権限力を振りかざしたのだ。

そしてファルコンがチェンソーとドリルで荒削りをし、香がハンマーの形に素早く仕上げていく。

麗香たちは重い上部を支える柄の部分の製作を協力して行った。





そして約1時間後……
(はやっ)





『モッコリ男撃退専用急造特大木製ハンマー』 は完成した。
(名前長いで)






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆







「いい?チャンスは一度きりよ」


「ええ」


「壊れちゃったら元も子もないのよ。一発で仕留めてね」


「OK。わかってるわ」





新宿2丁目の暗い裏小路で、妖しげな女たちが蠢いている。

もちろん、キャッツ・アイからここに移動した常連御一行様である。

時刻は既に夜の帳が降り始める時間帯。

そう。華やかな夜の蝶たちの出勤時間なのだ。

あのモッコリ男がこの絶好のチャンスを逃すはずは無い、と全員一致で踏んだのだ。

さすが、長い付き合いだけのことはある。あの男の行動パターンはお見通しだった。




そして、待つこと10分。




「来たようね」


遠くから上機嫌の男の声が聞こえた。





「ねえねえ、お姉さん。同伴しない?ボクちゃんと」


「いやよ。あなた、お金持ってないんでしょ?お断り!」


「そんなこと言わないでさぁ、ねえったらねえっ」





あいつ〜〜!

性懲りもなくナンパしやがって!

見てなさいよっ





香は足音と聞こえてくる会話に耳を澄まし、距離を測った。

そして、タイミングを計りながら渾身の力を振り絞ってハンマーを持ち上げた。

ここに来るのにも全員で持ち上げ、ファルコンのジープで運ばなければならなかったほどの

重さのハンマーだったが、火事場のバカ力とでも言うのだろうか。

しかも、この重さのハンマーを頭上で震えることなくピタリと静止させることができるのは、

やはりハンマー歴二十●年の香だけだろう。

その急造ハンマーにジェラシーと怒りの入り混じった一念を気合で込める。





よし、今よ!



ドッカ〜〜〜〜ンッ!!!








その日新宿方面を震源地としてM4.7の地震が計測された。






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆







一週間後―――



天気は快晴。

昼の伝言板チェックを済ませた香は、足取りも軽やかにキャッツ・アイの扉を押した。





カランコロン…――





「あら、香さん。いらっしゃい」



すっかり明るい顔に戻った香を美樹が笑顔で迎えた。



「美樹さん、海坊主さん。この間は本当にありがとう」

「い〜え。お安い御用よ」



ファルコンは黙々と皿拭きをしていたが、口の端が微妙に上がったのを二人は見逃さなかった。

二人で顔を見合わせて微笑む。



「で、冴羽さんは?」

「ああ。まだあそこにいるわ」



クスクスと笑いが漏れる。



「で? 故障していたハンマーは直ったの?」

「うん。おかげさまで」



ほら、と言ってポケットから出したハンマーを、一瞬で鋼鉄製の小ぶりな1tハンマーに変えてみせた。

そして、シュッという音を立てて元に戻すというデモンストレーションをしてみせる。





はっきり言って人間業ではない。





「一体、故障の原因は何だったんだ?」



ファルコンが皿を食器棚に収めながら聞いた。



「実はね……」



香は言いにくそうに差し出されたコーヒーを一口啜った。



「この間、あたし髪を染めたのよ」

「ええ、知っているわよ。それが…?」





美樹は怪訝な顔で頷いた。

明るい栗色だった髪に、ちょっとした気分転換にとメッシュでオレンジ色を入れたのだ。

日の光に当たると判るくらいの微妙な変化だったのだが……





「あ…ら? 元に戻しちゃったのね」



近づいて見ても前と同じ色にしか見えず、美樹は残念そうに言った。結構似合っていたからだ。



「うん。実はね、これが原因だったの」

「…は?」

「成分が変わっちゃったのよねえ。私としたことが、うかつだったわ」

「……」





美樹とファルコンは互いに顔を見合わせた。



「どうかした?」

「……まさかとは思うけど、香さん……ハンマーに……髪を?」

「そうよ。練りこんでいるの」



香は爆弾発言とも取れる言葉を口にしながらにこやかに笑った。



「う…そ…」

「内緒よ。企業秘密ってやつだから」



ふふん、と嬉しそうに笑う自分を二人が引き攣った顔で見遣ったことなど、

香はまったく気がつかないのであった。





その頃、渦中の人 冴羽 撩は……





「リョウちゃん、5番テーブルこれお願いね〜」

「……へいへい」

「返事は一回でいいの!」

「は、はいぃっ!」





オカマバー エロイカでひたすらタダ働きを続けていた。

ブツブツと文句をたれる撩をママが太い腕でド突く。

「ちょっと! いつまでふて腐れているの?あなたは香ちゃんのお許しが出るまで

ここから出られないんですからね。ほら、諦めてさっさと働きなさいよっ!」



リョウの周りを、ごつい元男たちが逃げ出せないように取り巻いた。



「くそ〜〜〜! 香のやつ……覚えてろ〜〜〜!」







懲りない男の奉仕活動はまだまだ続く。


めでたし、めでたし。(?)





<End>








       <あとがき>

         キリ番 17000を踏まれた ななこさまからのリクエスト

         『ハンマー故障中のカオリン、受難の一日』 にお応えしまして、お送りしました。

         ううっ…ご期待に添えましたでしょうか…。


   ムツ 「ハンマーの成分に髪の毛が含まれているなんて、お釈迦様でも気がつくめぇ、ってか?」

   撩  「ふん! おかげでこっちはいい迷惑だ!」

   ムツ 「何言ってんのよ。悪いことしようとするヤツには罰があたるんだよ」

   撩  「くそっ! しかしどうして髪の毛、なんだ?」

   ムツ 「そりゃあ、あんた。昔っから女の髪の毛には怨念がこもるっていうでしょう」

   撩  「…だから?」
                 ・ ・ ・ ・
   ムツ 「怨念がこもっておんねん………(汗)」

   撩  「……」(軽蔑の眼差し)

   ムツ 「し、失礼しましたっ」(逃亡)