束の間の幸せ




「ぐふふ〜〜」

明日は元旦だというその日。

撩は相変わらずだらしなく自室のベッドに横たわりながら、これまたいつもの様に

コレクションしてあるエロ本を眺めていた。

「やっぱり、もっこりちゃんんはいいなぁ〜〜」

にやにやと相好を崩し、ページをさらにめくろうとした時、

「り、撩おっっ!!」

香の大声と共に、部屋のドアがばたんと乱暴に開け放たれた。

「な、なんだよ、香。び、びっくりするじゃねぇか」

慌ててエロ本を枕の下に隠そうとする。

いつもなら、「この忙しい年末にごろごろしてるんじゃないっっ」という怒声と共に

巨大ハンマーが振ってくることは間違いないだろう、香の形相に思わず身構えて、

目を瞑った。

しかし、いつまで経ってもハンマーが落ちてこない。

恐る恐る、目を開けると目前に、香のやけに真剣な顔が迫っていた。

「う、うわっ! ど、どうしたんだよ、香」

「……撩」

「だから、なんだよ?」

「どうしよう……」

「あ?」

顔つきは真剣なのに、妙に煮え切らない態度で香が見つめてくる。

「だから、どうしたってんだよ?」

「……当たっちゃったみたい………」

「へ?」

「………宝くじ…」

「へぇ…そう……って、なんだって?」

「だから、宝くじが当たっちゃったみたいなの…」

とすん、と脱力したように、香がベッドに腰を降ろす。

「どうしよう…」

「どうしよう…って、当たったんならラッキーじゃねぇか」

ベッドヘッドに放り出してあった、煙草を手に取る。

当たったって言ったって、どうせそんなにたいした金額じゃあるまい。

金の亡者のような香のことだから、少額の当選額にも驚いているだけだろう…

そう、思いながら煙草に火をつけた。

「で? 幾ら当たったんだ?」

一服、煙を吸い込んでから問いかける。

「うん……」

「あんだよ? どうせたいした金額じゃないんだろ?」

「…大したことがないっていうか……」

「ああ?」

「……100万円」

「な、なんだってぇぇぇぇっっ!?」

冴羽アパートに撩の大声が響き渡った。





撩の我が儘と最近の不景気のせいで、いつも以上に依頼がなかった年末の

冴羽商事。冗談半分で、二人で半額ずつ出し合って買った一枚の宝くじ。

やりくり上手(?)にならざるを得なかった香が押し通した倹約生活で、なんとか

明日の正月を迎えられそうだ…というぎりぎりの生活を送っている二人にとって

100万円という金額は未知の数字である。





「と、とりあえず、な? 香」

たっぷり、20分は黙って見つめ合っていただろうか。

おもむろに撩が切り出した。

「うん」

「その当選くじ、お前今持ってるのか?」

「あ、うん」

香がごそごそとポケットから取り出す。

「…いいか? 香。絶対に当選してることをばらすんじゃねぇぞ。

他の連中に知れたら、たかられるのがオチだからな」

「う、うん」

「それから、その当選くじ。お前絶対なくすんじゃねぇぞ」

「あ、当たり前でしょ」

神妙に顔を見合わせたまま、二人は深く頷きあった。





銀行が開くまでの数日。

せっかくの正月だというのに、撩と香にしては珍しくほとんどアパートに籠もった

ままおとなしく生活していた。

当選したとは言っても、まだ引き替えはできていないのだ。当選金額が手に

入るまでぎりぎりの生活をしなければならなかった訳でもあるのだが、それでも、

近所の神社に初詣に行ったくらいで、あとはとにかくおとなしくアパート内で

過ごしていた。行きつけの喫茶店にすら姿を見せない二人の様子が、逆に

新宿中の注目を集めていることにも気づかないまま。





そして。

二人の前には現金100万円が積まれていた。





「撩…」

「香…」

銀行からキャッシュで貰った当選金額をリビングのテーブルに積み上げて、

二人はただ、惚けた状態で見つめ合っていた。

「この金、何に使うよ?」

「そ、そりゃ…いざというときに備えて…」

貯金…と言い出そうとした香の前で撩がちっちっちと指を振った。

「分かってないな、香」

「な、なにがよ?」

「宝くじってのはな、使ってこそ運が回ってくるものなのだよ」

したり顔で言い切る。

「だから、これは貯金なんてするもんじゃない」

「じ、じゃあ、どうするのよ? どっか旅行でも行く? 温泉とか?」

「そうだなぁ…温泉でのんびりってのもオツかもしれないなぁ…露天風呂で、な」

撩がそう言って、香の肩に腕を回して抱き寄せた。

「…でも、いくら高級な温泉行ったって、余るわよ…」

抱き寄せられ、ちょっと顔を赤らめながら香が見上げてきた。

「それもそうだよな…」

顎に手を当て、撩が呟いたときだった。

「撩っ!!」

「冴羽さんっっ!」

どかどかともの凄い足音と共に海坊主と美樹がリビングのドアをけたたましく

開けた。

「うわっ…! 何だよ、海坊主。人ん家に勝手に入ってくるんじゃねぇよ」

慌てて、香を突き放す。

「そんなことはどうでもいいっ! それよりお前ら…宝くじに当選したそうじゃないかっ!?」

今にも撩の胸ぐらを掴みかねない勢いで海坊主が捲し立てた。

「え"!?」

「な、なんで知ってるの!?」

必死で隠してきたことがあっさりと知られていることに、撩と香が一気に顔色を失う。

「なんで…って、新宿中の噂よ」

「噂って…」

「だって、そうだろうが。やけにお前らがおとなしいんで、みんなが不思議がって

たんだよ。で、銀行の始業日の今日になった途端、いそいそと出かけただろうが」

あっという間に新宿中の情報屋を通してお前らの行動が筒抜けになったんだよ。

どかり、とソファに座り、海坊主が言った。

情報屋という言葉に、撩と香が一気に顔色を失う。

「………情報屋って………」

「……新宿中って………」

「そう言うわけだから、冴羽さん。ツケを払ってもらいに来た訳よ」

最愛の夫の横に腰を降ろして、美樹が笑った。

「ツケ……」

「い、いくらだっけ? 美樹さん」

「はい、これ」

顔面蒼白な香に、一枚の請求書を渡す。

書いてある金額は…

「「よんじゅうにまんっっ!?」」

二人の声が重なった。

「…なんでこんな金額に……」

「だって、二人の喧嘩でうちの店、しょっちゅう修理しなくちゃいけないのよ」

「と、いうわけだ。きっちり払って貰おうか?」





その夜。

「撩のバカバカバカ〜〜っっ!」

久々に香の超巨大ハンマーが炸裂した。

「あんたがツケばっかりこさえてくるから、せっかくのお金がなくなっちゃったじゃ

 ないっっ!」

結局、海坊主夫妻を初めとする、ツケを溜め込んできた店のオーナーやママが

次々とアパートを訪れ、しっかり支払わせれたのだった。

ドゴォォォォンッッ…という轟音と共に撩が潰される。

手元に残ったお金は僅か1万円。

100万あった札束の僅か100分の1。

「もう、当分夜遊び禁止だからねっっ!!」

香の怒りは凄まじく。

ハンマーに潰されたままの撩を見下ろしたまま、冷たく言い放ったのだった…。



<End>





【ムツゴロウの呟き】


おいおい、一体全体このツケは元々払う気があったのか?

ヤツは絶対踏み倒すつもりだったに違いない。

そうは問屋が卸さないっていうのが、新宿界隈の掟なんだろうな。

特に冴羽商事に関してはブラックリストに載っているのだろう。

chimuさん、ありがと〜〜っ ぎゅぎゅっ だきだきっ

そしてまたもやタイトルはあたいがつけた。

が、相変わらずセンスない・・・(爆死)