続・お江戸始末屋騒動
<其の弐> 早速その夜から、撩之助は木村屋の用心棒に出向くことにした。 姐さん達が仕事前に入る風呂場の周辺は灯りもなく、確かに覗きが出てもおかしくない有様だ。
「ぐふふ…。撩ちゃん生きててよかったぁ〜。こ〜んなにおいしい仕事がくるなんて…」
相変わらず仕事そっちのけで、覗きの準備は万端である。 抜き足差し足で、風呂場に近づく。音を立てないように慎重に歩みを進める。 その時、
「きゃぁ〜!!覗きよぉ!!」
姐さんたちの絶叫と大きな水音が響く。
「え?ボクちゃんまだ覗いてないけど…」
呆ける撩之助の横の茂みがガサッと動くと、ひとつの黒い人影が走り去った。 はっと、我に返って人影を追いかける。
「おい! 待てっ!」
逃げようとする人影の腕を掴み、背中にひねり上げる。
「くっ…!」
思いがけず細い腕に驚き顔を近づけると、そこには旧知の女の顔があった。
「おまえ…。お冴じゃないか」 「・・! ・・撩?!」 「どうしてここに?」 「・・時間がないの。話は後で!」
お冴は撩之助の手を振り払い、闇に消えていった。 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞ 翌朝、撩之助の元に、お冴が医者に運び込まれたという知らせが入った。 慌てて駆けつけると、青白い顔をして横たわるお冴が見える。 白髪の老人が足音を聞き、脈を測っていた手を休めて顔を上げた。
「おぉ、撩か。しばらくじゃの」 「先生、お冴の具合は?」 「あぁ、あちこち怪我をしておるが、心配ない。しかし、女子を襲うなんて、まったくひどいもんじゃ。 治るまで二、三週間はかかるじゃろて」
撩之助が顔を覗き込むと、ゆっくりと瞼が開いてお冴がかすかに微笑んだ。
「・・・撩・・・。来てくれたのね」 「お冴。一体どうしたっていうんだ」 「・・ごめん。心配掛けて」
言葉は意外としっかりしているが、唇の色にはまったく生気が見られない。
「話せるか?俺でよければ力になるぞ」 「うん…」
お冴はしばらく無言で天井を見ていたが、ぽつりぽつりと話し始めた。
「私のところに…ある女の人を探して欲しいって依頼があったのよ」 「人探し、か…」 「ええ。名前や顔はわからないの。手がかりは体の特徴だけ」 「何だ?そりゃ」 「…背中の下の方にね、三つ並んだホクロがあるのよ」 「ホクロ? ってことは、何か?そのホクロの女を見つける為に覗きをしていたっていうのか?」 「そういうこと」
お冴は 仕方ないでしょ?という表情をする。
「でも、なんで置屋ばっかり…」 「…秘密は守るって約束してくれる? それに、あなたにも危険が及ぶかもしれないわ」 「あぁ。わかってるよ」 お冴の話はこうだった。 依頼主が二十年ほど前、お京という芸者に産ませた娘を探している。 当時は死産だったと聞いていたが、どうやら誰かに預けたらしいということが、 お京の臨終に居合わせた者の口から明らかになった。だが、誰に預けたのかは判らず終い。 背中に三つ並んだホクロがあったというのは、当時の産婆から聞き出した。 成長したであろう娘に会いたいので何とか探してほしい、という依頼だというのだ。 「なるほど。母親が芸者だったので、娘はその筋の者に預けたではないか、ということか」 「そうよ。それで江戸中の置屋を物色してた訳。でも、それらしい人は見つけられなかったわ」 「…ふ〜ん。で?俺に覗きの手伝いをしろってか?」 「バカ言わないでちょうだい。香さんが聞いたら怒るわよ」
軽く撩之助を睨む。
「この依頼には裏があったの」 「…娘に会いたい、というのが嘘だったと?」 「どうやらね。その家には息子が一人いるのよ。跡取りはその子で、最近事業を引き継いだらしいんだけど、 娘が後から名乗り出て来たりしたら困るって話をしているのを聞いちゃったの」 「邪魔だって訳か」 「ヤバイ話だって気が付いたから…。 昨日、撩に会った後、探している娘はいなかった、って報告して依頼を断ったんだけど」 「逆にやられた、か」 「どじっちゃったわ。手ぬるいって、他の組織に探させるって言ってたわ。 奴らも、もはや手段は選ばなくなったようね。その娘は見つけられたら間違いなく殺されると思うわ」 「…」 「だからね、撩。その娘を見つけ出して守ってちょうだい。お願いよ」
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